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2016年09月01日

ケンドリック・ラマー日記2 トゥ・ピンプ・ア・バタフライ編

20160901今年のグラミー賞でその圧倒的なステージで存在感を知らしめたケンドリック・ラマー。

彼のパフォーマンスから心臓を抉られるような衝撃を受けたのは、アーティストとしての才覚が素晴らしいだけではない…彼の中に息づく魂が自由を求めて叫び、血を流し戦っている様が音を通じて感じ取れたからだ。

近年、立て続けに勃発する白人警官と黒人の悲痛な事件によりアメリカの根深い人種差別は未だ続いているのだと痛感させられる。平和な日本にいるとこの社会問題はどこか他人事の様に思えてしまうが改めて差別とは何層にも塗り重ねられた厄介な厚みがあり、それを打ち壊すにも相当のパワーが必要であると気付かされた。

コンプトン出身のケンドリックの音楽はそんな平和ボケした自分の感覚を覚醒させてくれたのだ。

それは彼の力強いメッセージの背景にある音楽とは本来自由なものであり、その表現も方式もアーティスト自身が描き出す唯一無二のものであるということ…そして何より”楽しむ”ものである、という基本的なことだ。

どうしても創る側は理論やクオリティ、機材等々知恵が付くほど囚われがちになり小さく纏まってしまいがちになる。逆に自分自身はその点が及ばない事に萎縮してしまっていたが、ケンドリックの音に触れ音楽の存在意義を再認識出来た…音楽は私達の生活に表情を与え、時には素晴らしいカウンセラーともなり得る素晴らしいものであることを・・・。

前置きが長くなってしまったが自分のチャクラを開いてくれた彼の最新アルバム「トゥ・ピンプ・ア・バタフライ」を紹介させて頂きたい…このアルバムはこれまでのケンドリックの作品と一線を画しているし、RAPアルバムとしても革新的と言える。アートワークはホワイトハウスの前で打ちのめされた裁判官、彼を囲んで酒と金を持った笑顔のストリート・ギャング・・・アルバム全体を通し、奴隷制度から件の黒人射殺事件、更にアンクルサムによる黒人の搾取の構図を取り入れ、時にはストレートに時にはシニカルに、コミカルに表現しているのが素晴らしい。

特に秀逸なのは天才的なセンスある楽曲・・・こういったジャンルの場合リズム・トラックなる呼称が在るのかも知れないが、敢えて楽曲と呼ぶべきかも。

アルバム1枚を通して非常に心地良い構成になっており、1曲1曲のクオリティが高く、とにかく「格好良すぎる」としか言い様が無い…ケンドリックのRAPはそのリリックの威力は勿論だが、言葉を紡ぐリズムと声は最早最高の楽器である。とにもかくにも心地良い、COO---L過ぎてアルバムの並び通りについ最後まで聴いてしまう。

更にケンドリックの声のバリエーションの豊かさも圧聴…シーン毎に様々な彼が登場するのも見事で、役者としても大成するのではとさえ思える。アルバム全曲どれも素晴らしいが、やはりグラミー賞でアレンジを変えて挑んだ「ザ・ブラッカー・ザ・ベリー」映像表現も実に見事な「オールライト」は特に耳を惹きつけてしまう…テーマは重くとも、そのセンスと絶妙な間合いで細胞に染みこんでくるのは、やはりケンドリック・マジックだ。

特筆すべきは、2曲目に配置された「For Free?」…こちらもベティちゃんの様なナイスバディを持つセクシーでわがままな黒人女性をケンドリックが追い回し、己の体もただでは無いのだと言い寄るというコミカルなPVなのだが、このビッチ・ベティはアメリカを象徴しており、昔コットンを積んでリッチになった黒人は今ラッパーとして成功しても搾取され続ける、選択の自由もないという皮肉が込められている…たった2分10秒のインタールードではあるがモダンジャズのアプローチが鳥肌もので、ケンドリックの鍵盤を流れ弾く様なスムージーなRAPは名人域だ。

言葉が悪いが”やばすぎる”!!と言わせて頂こう…ラストの「モータル・マン」は2パックとの会話とドラマティックな演出で纏めているが人間の発するものは吐息でさえも音楽になるのだと気付かされ、目から鱗の勢いだ。改めて思うのは、ケンドリック・ラマーという人物は思慮深く知的なアーティストであり、彼が黒人としてコンプトンで生まれ育ってきたのも意味がある事だったのではないだろうか。

人間は負の状況に於いてそれに流される者、活路を見出そうとする者に分かれてしまうものだ…抵抗し藻掻いて傷だらけになったとしても、その位置まで辿り着いた者にしか見えない何かがあるのは確か。己に自尊心が無ければ相手が自分をリスペクトしてくれるはずは無い、まずは自分の心の中から変えていかなくては、というケンドリックの言葉に偽善的な響きが一切感じられないのはそのせいだろう。

彼を救世主とか先駆者など月並みな呼び方はしたくないが、古より存在する人間の絆や音の楽しさなどを思い出させてくれた事はセールス以上に重要な功績ではないだろうか・・・。


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2016年03月01日

ケンドリック・ラマー日記1 恐るべし!!Power of Black編

20160301先日開催されたグラミー賞…予想通りテイラー・スウィフトにブルーノ・マーズと期待の面々が受賞する中、あるアーティストのとてつもないライブ・パフォーマンスに釘付けになったわ。

彼の名はケンドリック・ラマー・・・その後に披露されたレディ・ガガのDボウイ追悼メドレーも素晴らしいかったけれど、それらすべてを上書きしてしまう程見事なパフォーマンス。

ご覧になられた方も多いだろうけれど明らかにケンドリックは音楽や歌というものを超越し、己の奥底に潜む強い信念、溢れ出す郷愁や血族たちへの思い、そして愛を物凄いパワーで見せつけてくれたわ。

時に宣教師のように、兄弟のように、友人のように語りかけ「俺はここにいる」という絶対的な存在感がパフォーマンス後も残ったの。そのメッセージは決して押しつけがましいものではなく、ダンスも演出も表面的な格好良さではなく、彼自身から発せられるものがそのままビジュアルとして表現されているからこそ心を掴まれ、すべての機能が彼を追う羽目となる。

こんな恐ろしいアーティストがいたなんて・・・改めて音楽とは、歌とは、それを表現する意味とは?という事を改めて考えさせられたわ。最初、刑務所に連行されるケンドリックが自らを縛める鎖をそっと挙げ、指をマイクに這わせるという絶妙なタイミングでリズムとRAPが同時にスタート。

牢の中には同じく囚われた仲間がサックスでモダンジャズのようなアプローチを効果的に挟み込む…その後続くリズムトラックは非常に心地良く、前代未聞、前代未聴のモダンさに度肝を抜かれたわ!!…パフォーマンスは刑務所から南アフリカの大地の民族的なシーンに移行、最終的にケンドリックが一人マイク前に立つという流れなのだけれど言葉がわからずとも彼がアメリカ社会の於ける警察問題、差別や暴力に対して訴えているということは理解出来る。

最終的に「Compton」と書かれた地図を背に立つ彼の姿にケンドリックのルーツを窺い知ることが出来たわ…「Compton」は彼の出身地であり、ストリートライフやギャングバンギンにどれだけ身を投じたかによって人となりを判断されてしまうという、日本でのうのうと暮らしている私達にとっては想像もつかない危険なエリアだそう。

ブラック・カルチャーに於ける物質主義的な価値観や欲望、そんなものに憧れを抱きつつもその中から這い出たいという葛藤、友情やストリートなどへの愛情など日々深い思いを抱きながら彼らは戦っているに違いない。

歌は言葉であり音楽は思いを伝える背景である…そんな当たり前の事をケンドリックを通して思い出す事となったわ。民族もジャンルも超え音楽というものの懐深さ、そしてその意味をもう一度考えて見るべきかもしれない…ケンドリック・ラマー・・・兎にも角にも恐ろしいアーティスト、いやメッセンジャーよ!!!

【グラミーLIVEパフォーマンス】

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