耽美

2015年02月16日

三島由紀夫日記4 「禁色」の究極退廃的美学編

20150214数ある三島作品の中で最高傑作を挙げるとすれば、迷わず「禁色」と答えるわ…文庫本で580ページという大作で、昭和26年に連載されてからというもの、そのセンセーショナルな内容から文壇界では”否定的な口吻というより理解の埒外”という感想が飛び交う程の問題作品だったそうよ。

確かにこの時代にこんな作品を発表するなんてサイバー的とでもいうべきか・・・しかし時代が追いついてからというもの、今作は三島文学の金字塔的作品であるとようやく世間が認めたわ。

個人的に彼の作品に惹かれる理由は、読者に対してどこまでも挑戦的であるということ、レントゲンを通す以上に人間の内部を見ていること、そして何より想像を超越するエンタテイメントであるからなのだけど「禁色」に於いては麻薬のような中毒性があり、何度読んでも新たな発見と愉しさが湧き上がってくるから・・・やめられない!

内容は簡単に言ってしまうと、醜く老いた著名な作家、檜俊輔が絶世の美青年”悠一”を使って自分を欺いた女性に報復しようと企むのだけど、悠一が己のセクシャルに開眼してからは周囲は彼に惑わされ、俊輔自身も彼の虜になっていたことに気付くの。

老いていく自分の醜悪さに嫌気を感じつつ美を求め続ける老作家、美青年を愛するあまり子供の様な振る舞いをする元侯爵とその妻、夫の本質に気付きつつも母性で強く成長していく美青年の新妻…登場人物は誰も彼も、美しき悠一の愛情を得ようと片端になってしまった。その原因であるアドニスは徐々に自己愛に目覚め、結果的には本当の意味で自由を手に入れたわ。この作品のテーマは「老いと美への執着」であり「美が導き出す解放」なのではないかと思う。

三島作品の殆どは美に対して呪いのような執念を感じるのだけど、それは彼自身の追い求めてきた人生のテーマになぞらえているからなのかも。本編を読み進めていくと、性別に関係なく美しい人は美しい、でもそれは時間という条件がついているからこそ成立するものであり、美しさは汚れていく過程で更に研ぎ澄まされていくのだと気付かされるわ。

「禁色」に登場する女性は必ず酷な目に遭うのだけれど、最終的に自分の行くべき方向を見極められる精神的に"自立した”アマゾネスばかりなのよね。これはもしや女性に対する三島風エールなのか・・・それとも償いなのか。作者の思想をふまえた上で更に想像、いや妄想は膨らんでいくわ。

魅力的な女性陣の中で最も注目したいのは、悠一の美しさに一目惚れした元公爵夫人ね。彼女は聡明で美しいけれど、公爵家の威厳を保つために夫と共謀して美人局をしていたの。常に商品として自分を磨きポーカーフェイスを保っていたけれど、悠一に恋してからはそんな偽りの自分を保てなくなってしまったわ。やがて夫が悠一と関係を結んでいる事を知りショックを受けるけれど、裕一が窮地に立たされた際には、最も頼もしい友人として救いの手を差し伸べるという男前な一面を持ちあわせているのよ。

悠一と肉体的には結ばれずとも、精神的には最も強く結ばれた相手と言えるわ。彼女もまた悠一の美によって己を解放できたひとりなのよ。本当はひとりずつ解説していきたいところだけど、彼女ひとりとってもその背景が複雑・・・機会があればじっくりお話したいわ。ページ数が多い分、今作は特に登場人物達の心の推移が丁寧に描かれている上、複雑に絡み合って面白い。読む度にどの人物に自分をシンクロさせるかで楽しみ方が変わってくる、まるでロールプレイングゲームよ。

三島氏はキャラクターを息づかせる天才ではあるけれど、実話ベースと言って良いほどの細密な描写に全員モデルがいるのではないか、という考えは拭い去れない。今でこそ同性愛に対してオープンになってきたけれど、この時代に自身のセクシャルを露呈し、果敢に世の中に挑んだ作者の覚悟とパワーにはただただ敬服するばかり・・・。やはり作品とは己を削って生み出すものなのだと思い知らされたわ。この作品に初めて触れた初代腐女子達は、果たして何をインプットしたのかしらね・・・そして次の世代は何をアウトプットするのかしら・・・。

因みに上記の写真は海外版の表紙なのだけれど、見事に内容を表現しているのでこちらをチョイスしたわ。作品同様表紙もそれにふさわしいものを用意して欲しいものよね・・・これは禁書ではないのだから。

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2015年02月03日

三島由紀夫日記2 「鍵のかかる部屋」は秩序を保つための無秩序編

20150202一度読んだぐらいでは到底真意を掴めない、読者に挑戦状を叩き付ける・・・そういう作品は実に魅力的であるわね。三島作品の中でも「鍵のかかる部屋」はそんな1作に挙げられるかもしれない。

年の差がある男女間の恋愛小説なんて腐るほどあるけど、三島氏はこの作品で新たな魔性の女を誕生させたわ。物語は、戦後間もない日本を舞台なの。

財務省に勤めるエリート官吏の一雄はある女性と親しくなり、彼女の家の鍵の掛かる部屋で秘密を共有していけど、持病の発作で突然死してしまう。やがて9歳になる女の娘"房子"は彼に懐き、やがて鍵の掛かる部屋で2人は新たな楽しい時間を過ごすのだが・・・というなんともスキャンダラスでミステリアスなストーリーよ。

魔性というのは、この9歳の房子の事なの。母親が色々な男性を招き入れるのを側で見ていたせいか、はたまた天性なのか、男性に媚びるという事を本能で理解してるのよ。物語の後半では、小さくて可愛いかった少女が初潮を迎え”女へ変化”する様が「今まで乾いていた唇さえも潤い光り出す」という描写で表現されていてゾッとしたわ。

しかも一雄と初めて出会ったときも、自分を可愛らしく見せたいが為に微笑の歯を見せたり、片手でスカートをまくり上げ赤い靴下留めを片手でピチッピチッと鳴らすなど、天性のコケットぶりを発揮しているの。時に、子供の無意識の行動は大人を動揺させるけれど、そこに艶めかしさを感じてしまうというのはちょっぴり変質的というか・・・理解しがたいものがあるわね。

一方、一雄は常に日常や仕事に対して無意識を心がけ己の内なる世界で生きていたのだけど、房子と親しくなってからは彼女を意識し内なる世界だけに生きられなくなってしまうの。その葛藤からか、彼は自分の夢の中で『誓約の酒場』という場所に訪れるようになったわ。

そこを訪れる者は皆、己の素直な感情を告白するというルールがあるのよ。ある男は少女を絞った血の酒を勧め、ある男は女の体中に洋服を着たような入れ墨を入れさせ、買い与えたコンパクトを肉を裂いて作ったポケットに入れさせたりと、サディスティックな欲望を話す事で現実世界での常識的な自分を保っているの。しかしよくもまあ、これほど残虐なアイディアが出てくるものだと、文章を通して三島氏の耽美主義を感じずにはいられないわ。

「鍵のかかる部屋」は女性の狡猾さと血なまぐさがドロリと描かれて、女であることに嫌悪感を抱いてしまうほどなの。本編を読み終えると、最もノーマルなのは一雄を誘惑して家に招き入れた女性で、最もアブノーマルなのは房子の面倒をみているお手伝いのしげやだという事に気付くわ。しげやは肥った、髪の薄い真っ白な蛆のような女と2度も同じ描写をされているのだけれど、もしかしたら三島氏は彼女を一雄や房子の淫蕩さを糧に巣くう蛆、と表現したかったのではないだろうかと思える。いずれにせよ、女であることの浅ましさが見事に描かれていることは間違いない。

人と人が関わり合いを持つ以上、何かしら感情や行動が生まれるのは当然。時には感情を抑え笑顔で秩序を保たなくてはいけないことも沢山あるわね。自分がコントロール不能になる前に、人間の最高機能である"想像力"を駆使してこの世の秩序を保っている人も多いはず・・・。一雄がこの秩序を守れたかどうかは結末を読んでからのお楽しみだけど、皆さんはどんな方法で無秩序を楽しんでいるのかしら・・?

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