手塚治虫

2015年04月08日

どろろ日記 48ヶ所の優越感編

20150405「どろろ」といえば、手塚治虫作品の中で最高傑作といえるわ…戦国時代を背景に描かれた妖怪もの、というと何だか軽々しく聞こえてしまうけれど、1960年代にこれほどまでに重く強いメッセージ性をもつ作品が生まれていたなんて身震いしてしまう。

連載当時あまりの内容の暗さに打ち切られるという状況に陥りながらも、最終的にアニメ化に至ったわ。しかしながら、あの可愛らしい手塚タッチのキャラクター達が己と対峙し戦い続ける様は今なお読み手の心を捉えて放さない。

8年ほど前に人気俳優を起用して映画化されたけれど、VFXばかりがピックアップされ作品の主題は薄められてしまうという残念な結果になってしまったのよね。

物語は、天下を執ろうとする実の父の企てにより体の48カ所を魔物に奪われた少年・百鬼丸が、魔物を倒し己の体を取り戻すというものよ。ひょんな事で盗賊の子供・どろろを救い共に旅をすることになるのだけれど、どろろ自身不遇な身の上であるにも関わらず前向きで、その強さが百鬼丸を救ったと言えるかも。しかもどろろは女の子・・・「リボンの騎士」の如き甘い展開があるかも、という期待を匂わせながらも本編のテーマをどっしりと貫く手塚マジックには脱帽よ。

最大のテーマは「差別」…本当に恐ろしいのは魔物ではない。不自由な体を好奇の目で見たり蔑む「人間」こそが最も恐ろしい存在だと言うことを手塚先生は強く訴えている。人は必ず他人と自分を比較し、優越感や劣等感を抱くものよね。世間体を重んじ、普通というレールから外れてはいないか、より高い場所に登れているか、そんな事ばかりを考えてしまう。

自分自身も知らず知らずのうちにそんな状況に陥ることもあるし、特に日本に於いてはその傾向は強い気がしてならないわ。最終的に百鬼丸は完全に体を取り戻すのだけれど、彼の真の戦いはここから・・・!これまでの苦難を糧にして生身で世の中と渡り合う事こそが最も酷なことなのかもしれない。

改めて原作を読み返してみて、なんとも重くモヤモヤした気持ちになるというのは、まだまだ優越感を捨て切れていないから・・・?さてさて、このリトマス試験作品、是非皆さんもチャレンジしてみて下さい。

pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(4)

2015年01月28日

マンガ黄金時代日記 人間臭さと個性の衝突編

20150124漫画が"生もの"として特に息づいていたのは、60~70年代ではないかしらね。

その時代の作品を集めようとすると時間もお金もかかってしまうけれど、素敵なオムニバス本をオークションで見つけたの…その名も「マンガ黄金時代 60年代傑作集」よ!!

手塚治虫、つげ義春、石ノ森章太郎は勿論、マニアックな作家の作品がズラリ…内容も時代を反映したものから、シュールなものまで読みごたえ抜群。

特に気になったのは楠勝平氏の「おせん」という作品。

家族の為に朝晩働き、貧乏長屋で暮らす"おせん"は気っぷが良くて明るい町娘。大工の"安"はそんな彼女の優しさに魅かれ、自分の気持ちを伝える為家に呼ぶのよ。実は安の実家は大金持ち・・しかし、事態が飲み込めずはしゃぐおせんはふとした事から部屋にあった高価な花瓶を割ってしまい、弁償できない恐怖から「私じゃない!」と叫んで逃げてしまう。

安はそんな彼女の態度に激怒するの。でも彼の父親は『おせんの行動は彼女の本質でなく、貧しさからきたものなのだから理解しろ』と諭したわ。幼い頃から苦労知らずに育ってきた安に、おせんの行動は理解できなかったのよ。雨の中、おせんは安の後ろ姿を見ながら涙する・・・というストーリーよ。

話自体はシンプルだけれど、シンプルであればあるほど難しいものよね。人の心の描写が実にお見事で、お金を巡り育った環境や考え方の相違がこれほどリアルに描かれているなんて、本当に良い時代だったのだなと痛感。今の時代だと差別だの、派手さが足りないなどと出版に持ち込むことすら難しいかもしれないもの。

どの作品も「誰誰風」などと画風が被るものはひとつも存在せず、内容もキャラクターの個性も主張しあって暑苦しいくらいよ!これだけの密度の高い作品が生まれ続けた60年代・・諸先輩方の挑戦にどう立ち向かうべきか、あとに続く私達は方向でさえ見失っているような気がするわ。

紙面から漂うインクの香りは人間くささそのもの・・・さて、PCの画面からもその匂いを漂わせることは出来るのかしら?

pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(0)