デミアン・チャゼル

2017年03月06日

LA LA LAND日記2 な、な、なんと怪作・・・!!編

20170302前作「セッション」では私達に一生忘れることの出来ないほどの良い意味で”トラウマ”を与えておきながら、今回もどうにもならない程の大きな楔を心に打ち付けてしまった。その映画こそ「LA LA LAND」よ!!

米公開と同時にかなり高い評価を受けていたので、チャゼル監督の感度の高さや切れのある作り込みが再評価されているのだとしか考えていなかった。

アカデミー賞受賞発表でも作品賞と発表され「ムーンライト」の間違いだった事件で一際記憶に残ってしまった歴史的作品…作品賞以外に6部門受賞と華々しかった。

予告編やポスターは主演のライアン・ゴズリングとエマ・ストーンのポップな色合いのダンス・シーンがピックアップされていたのでミュージカル・ラブロマンスなのだという認識しか持たなかったのだけど・・・やはりその予想は甘かった!!とてつもなく重く嫌な気分を抱え劇場を出る羽目に。

その後も数日に渡って内容を反芻し、何故ここまで心臓を抉られるのかを考え続けたの…自分が単にこれまで音楽や表現というものに対して真剣に向きあい己を削ってきたから主人公達のリアル過ぎる感情や行動にシンクロしたからというだけではない。

「セッション」も「LA LA」も共に”本能的な生命力の強さ”を描き切っているからなのだと気付かされたわ…更に面白い事に2作に共通点が…まずは主役の2人についてよ。

前作では一流のドラマーを目指す青年ニーマン、今回はジャズを愛し自分の店を持とうとするライアン演じるピアニスト、セブ・・・彼らは思うに監督自身を投影しているのではないかと考えられるのだけど、音楽に対してこだわりを持ち芯が強いけれどどこか女性的で優しい。

一方前作でニーマンの指導者であり、最終的には彼と同じ目的を持つ鬼教官フレッチャー、今作で女優を目指し邁進するエマ演じるミアは目的に向かって行動力もあり男気溢れる決断力、そしてとてつもない目力を持つ…どちらの作品でもラスト近くでお互いのパートナーを見つめるシーンがあるのだけれど、この点も意味合い的、演出的に共通したものがある。

音楽を題材にしてはいるけれど、彼らの目標に向かって努力し、落胆し、傷付きながらも這い上がろうとする生命力は底知れない…役者陣も素晴らしいけれど、こういった手法で表現するとは・・・恐るべし、チャゼル監督。

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物語はジャズを愛するピアニスト、セブと女優を目指すミアが出会った冬、そして恋に落ちた春、それぞれの夢を叶えようとする夏、すれ違いと落胆の秋、そして5年後の冬という季節で括られ構成されているの…ストーリーは単純に思えるかもしれないけれど一筋縄でいっていないわ。

ハッピーエンド・・・ではあるけれど、その奥に潜む意味合いは深い…そして監督自身音楽畑出身だけあって時間経過の表現やストーリーのテンポがお見事!!…映画が1つの曲の様にAメロ、Bメロ、サビ・・・と絶妙なタイミングで進行し、これが観客を引き込む要因のひとつなのかもしれない。

そしてミュージシャンなら誰でも経験のある、巻き戻して細部を聴き込む作業、音楽に興味の無い人間につい熱く語ってしまう音と音の真剣勝負、仕事としてやむなく営業の音楽をこなす虚しさなど、細やかな演出が盛り込まれているのには感心させられたわ。

セブが生活の為に参加したジョン・レジェンド率いる営業用バンドの楽曲やアレンジも「らしく」て見事だし、そのバンドの撮影でのカメラマンの注文も思わず苦笑いしてしまうほどリアルで、経験者でなければここまで描けないなと唸らされてしまった。

そしてJKシモンズを堅物店主として登場させるとは・・・上手すぎる…とにかくセブとミアのミュージカル・シーンは文句無しに美しいけれど、そのシーンが美しく幻想的、ポップであればあるほど後半の展開にじわじわ効いてくるので覚悟して下さい。

これ以上書いてしまうとネタバレしてしまうので自分を制止するけれど、ミアがオーディションで叔母の話をする際「The Fools Who Dream」という曲に繋がっていくシーンはこの作品の中で一番の見どころだとお伝えするわ。

ミアが淡々と「ミュージシャンや画家、詩人、夢を追う全ての人・・・それがどんなに愚かでも、厄介な私達に乾杯を」と歌う歌詞に恥ずかしながら号泣してしまった。

夢を追うだけでは食べていけない、家族や病気、様々な理由で自分の人生を変えなくてはいけないという状況は幾度も訪れるもの…端から見れば愚かしく見えるだろうけれど自分の人生を切り開こうと藻掻くことを恥じることはないのよね…ただ何かを成し遂げる為には犠牲を払うのは必然…個人的にはその部分を経験し理解しているからこそ、この映画の根底にある重みを感じ取ることが出来た気がする。

長々書いてしまったけれど、この映画は決してデートで見てはいけないわ…自分自身と向き合い、これまでの己の生き様を再認識するという意味合いで”挑んで”頂きたい…どんなに愚かでどんなに厄介と言われようと自分の人生は己が祝福しなくてはね・・・!!

【LA LA LAND official】
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2016年12月07日

LA LA LAND日記1 シンプルな恋物語編

20161207日本でも話題作となった「セッション」デミアン・チャゼル監督の新作が海外で公開…評判も良くて各種映画賞レースでノミネートされつつあります…それが「LA LA LAND」

舞台はLA…女優を目指すミアとジャズ演奏家セバスチャンの恋物語をコメディたっちのミュージカルとしてとても軽快に描かれたいるようです。

ミアを演じるのは「HELP」でもお馴染みのエマ・ストーン…低域なお声と目力に魅力のある彼女が役柄にピッタリはまってます。お相手のセバスチャンを演じるライアン・ゴスリングはあまり馴染みのある方ではありませんが、ちょっと頼りなさそうで内気な役柄にこれままたピッタリはまってます。

そんな二人の恋物語はストレートで、出会いから発展、成功の兆しが見えてきたとこでの不安とすれ違い・・・と、いかにもな感じなのですが予告編を見ると、男っぽいミアと女っぽいセバスチャンの対比の描写が歌を交えてとても爽やかで無理を感じません。

ミュージカルですから、突然歌い出したり踊り出したりは当たり前なんですが「ドリームガールズ」同様に間合いが素晴らしそうです。日本公開は確か来年2月…アカデミー効果狙いのあざとい設定ですがちょっと遅すぎ。

因みに「セッション」でアカデミー賞受賞の美味しい場面でJ・K・シモンズも出てきますよ…楽しみに待つと致しましょう…それにしてもポスターが美しいですよね。

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2015年04月25日

セッション日記1 闘心からの感性編

20150417公開を待ち望む映画は多々あれど今週から日本公開「セッション(原題Whiplash)」は1秒でも早く見たかった作品よ…サンダンス国際映画祭で絶賛されその後米アカデミー賞を含め名だたる映画祭でノミネート及び受賞で凄い映画が話題をさらってる・・・という情報だけが先行。

監督・脚本はデミアン・チャゼル…予告編でスキンヘッドのJ・K・シモンズが鬼の様な形相で若いドラマーを指導する様子が狂気的で一体どんなストーリーなのだろうと気になって仕方が無かったわ。

念願叶って遂に見る事が出来たのだけど、恥ずかしながらこの歳になるまで劇場で号泣したことの無い自分がエンドロールまで嗚咽をもらす状況に・・・。

そんなに感動したの!?・・・と聞かれたら恐らく自分もシモンズ氏の如く目を見開いて怒り出すに違いない。とにもかくにも今作は自分の思い、考え、生きてきた事全てが凝縮されており、他者と共有出来ない感覚を共有出来たという悦びや畏怖、様々な感情が自分の細胞を貫いていったわ。

見終わった後は、今の自分が果たして自分の思う様に生きているのだろうかという審判を受けたようで羞恥心が残る。

物語は全米一の音楽学校に通う19歳のジャズドラマー、ネイマンが、シモンズ演じる校内最高の指揮者フレッチャーに声をかけられ彼のスタジオバンドに入るの。バディ・リッチの様な素晴らしいドラマーになりたいと努力を続けてきたネイマンは、この最大のチャンスに有頂天に…しかし初めてのバンド練習で、フレッチャーの常軌を逸した指導に度肝を抜かれてしまう。

自分の音・自分のバンドに対して完璧さを求める彼はそれを阻害する要因をすべて排除し、怒声を浴びせ、ものを投げ、遂にネイマンもその洗礼を受けることに。理不尽な暴力を受けながらも何とかメインドラマーの地位を得たネイマン…重要なコンベンションの当日、彼は度重なるアクシデントにより遅刻してしまう。そして最悪なことに事故に遭い血まみれのままステージへ。

演奏は当然ながら散々たる状態、そしてこの騒動が原因でネイマンは退学を余儀なくされ、フレッチャーの運命も大きく変わることとなる。

そしてこの後、2人の第二幕の幕が切って落とされたわ…驚くべき結末を迎えるストーリーは神懸かっているとしか言いようがないし、何よりJ・K・シモンズの熱演は悪魔と契約したのか!?と思うほどの怪演よ。

ひとつの事と向き合い、一生続けていこうと思うだけでなく覚悟を決めた人でなければここまでの作品は作れないし、演者たちがそういったものづくりの魂の部分を理解出来ていなければ完成しなかった・・・感動を通り越して恐ろしいわ。

物語半ばでネイマンが家族に音楽で生きていくことを理解してもらえず孤立し、友も恋人も自分の生き様には不必要であると辛い決断をする部分があるのだけど、一言一句まで自分の姿そのものだったのが更に恐ろしかった。でも残念な事に自分にはネイマンの持つ芯の強さが足りない・・・その点も思い知らされ打ちのめされたわ。

そして印象的だったのは、フレッチャーがネイマンに向上していこうという者に対して言ってはいけないのは『Good Job』という言葉だというシーン…この点に於いても、自分が常日頃から言い続けていたことだったので真意がよく理解出来た。

しかしながらフレッチャーの己の音を極めたい、妥協しないという姿勢、ネイマンが最高のドラマーを目指そうという執念、共に目指すものは同じ。彼らは似たもの同士であり、傷つけ合うことで共有し合う唯一無二の同胞なのだということが物語を通して良く分かる。そういう意味合いでも「セッション」なのよ。

闘心は己を高める養分であり、この感情無くして人間は成長しない。今作を音楽映画だと思っている方が多いようだけれど、これは明らかにこれは”ダーク・ファンタジー”…音楽はあくまで背景であって、人間としていかに闘い生き抜くのかということを問われる作品であると認識すべきかも・・・。

1999年「アメリカン・ビュティー」同様「セッション」に出会い見る機会を得られたことに本当に感謝したい・・・ただその一言に尽きるわ。


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