ジュディ・デンチ

2017年02月17日

ミス・ペレグリン日記2 ダーク・グリーン・ファンタジー編

20170207公開中の「ミス・ペレグリンと奇妙な子供たち」…予告を見る度に「300:帝国の逆襲」同様、エヴァ・グリーンありきの作品だな・・・と思っていたけれど、その良い予感は的中!!…更に要所要所に配置された贅沢且つ素晴らしいキャスティングには唸らされたわ。

ティム・バートンお得意のダークファンタジー・カラーで描き出された”奇妙”さは役者陣の演技力により実に自然で、ラストまで前のめり…個人的にはギレルモ・デル・トロが手掛けたなら「パンズ・ラビリンス」の様に更にダークさが増して面白かったろうなと思うけれけど、ティム・バートンのお伽噺的世界観も楽しめたわ。

主人公の16歳の少年ジェイク…彼は、幼い頃から祖父エイブに昔から奇妙な物語を聞かされて育ったお爺ちゃん子だったの。ある夜、ジェイクは両目を失って倒れているエイブを発見…虫の息で祖父は「ケインホルム島へ行け、鳥が全てを教えてくれる」と謎の言葉を残し亡くなってしまう…ジェイクは昔祖父が話してくれた物語を思いだしエイブ宛にきたメッセージカードを頼りにケインホルム島へ向かったわ。

そこにはハヤブサが人間の女性に姿を変えたミス・ペレグリンが管理する施設が存在していたのよ…軽すぎて重しなしでは飛んでしまう少女、透明人間、体内にハチを飼う少年、二口少女など、様々な能力と個性を持ちあわせた子供達がペレグリンの保護の元幸せに暮らしていたわ。

しかしホローガストと呼ばれる悪の異能者バロンが、ペレグリンを追い続けていたの…彼は永遠の命を得るため彼女の時間をループさせる力を欲していた・・・という物語…ベストセラー小説を映画で全てを描ききるのは難しいけれど、ホローと呼ばれる怪物が能力者の子供の目玉を食べると人間になれるのか、ハヤブサが何故人間の女性に変化するのか、などの気になる部分は深く描かれていない。

20170208しかしながらエヴァ・グリーン演じるペレグリンは圧倒的存在感…一瞬にして心を奪われてしまう。子供達を育て守ろうとする毅然とした姿は見物で懐中時計を瞬時に取り出す仕草、パイプをくゆらせる口元・・・俊敏な動きはやり過ぎると滑稽だけど、その速度が完璧で素晴らしい。何より彼女の特徴である大きな目がサッと動く様は脳裏に焼き付くほど。目の動きを強調する為アイラインが涙点までクッキリ描かれておりハヤブサらしさを残す束感のあるヘアアレンジ…何よりパワーショルダーのワンピースはまさに”ペレグリン”を体現していたわ。

子供達の衣装も同様にそれぞれの個性を表現し、軽い少女エマが身につけるドレスはシフォンの青くエアリーなワンピース、重し代わりに履いている重厚な靴はスチームパンク、片目から夢を投影するお洒落好きホレースのスリーピースは体にフィットし、彼のこだわりが見えたりと衣装やヘアメイクだけでもバートン・ワールドを垣間見ることが出来る。主役のジェイクは「ヒューゴの不思議な発明」で子役だったエイサ・バターフィールド。

でもやはり祖父エイブを「プリシラ」等でお馴染みのテレンス・スタンプ、ペレグリンと同じ仲間のミス・アヴォセットに「007」のゴットマザーMことジュディ・デンチ、悪役バロンに「アベンジャーズ」のフューリー長官ことサミュエル・L・ジャクソンという実力派が杭を打ち込んだことで物語に重みが出たのは間違いないわ。

子供達のキャスティングも素晴らしく子供らしくはしゃぎながらも日々悩み考えて成長していく微妙な過程が演じ切れているのが恐ろしい…当たり前だけど、ここには劇団ひまわりは存在せず、各自が各自の役を理解し演じきっているのよね。

劇中後半ペレグリンが子供達を助けようと彼らに別れを告げるシーンには言葉なし・・・その後スッと回転して鳥に変化する姿の美しさ、潔さは一見の価値有りと言いたい…ビジュアル的にも演出的にも存分に楽しめる作品であるという事は間違いないわね。

この映画を見て、ふと「Xファイル」のTVシリーズ「サーカス」に出てきた異形の人間達を思い出したけれど、この子供達にはそんな陰鬱さはなく、それぞれの生きる時間を楽しんでいるというのが良い…バートン・ワールドは常にハッピーでカラフル、それが救いになったのかなと考えさせられたわ…敢えて言うなら『ダーク・(エヴァ)グリーン・ファンタシー』ね。

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2014年07月05日

007日記1 スカイフォール編

20140704「007」シリーズ…これまで老舗娯楽映画の代名詞というイメージが強かったわ。テーマ曲、派手なアクション、美貌のボンド・ガール…様々なフォーマットが定着し他作品にも影響を与えて続けているこのシリーズ。

おおよそストーリーの想像はつくので敢えて見ようとは思わなかったけれど、2012年「スカイフォール」はあのサム・メンデスが手掛けているという事もあり、じっくり鑑賞。

ロンドン五輪開会式でエリザベス女王と共に登場し名実共にボンドとなったダニエル・クレイグ第3作目であり、007シリーズ誕生50周年記念作品…これはただ事ではない!と期待大…その期待を上回る、これぞまさに「アメリカン・ビューティ」ならぬ「イングリッシュ・ビューティ」な秀作よ!

これだけ歴史のある大作になると、ジェームス・ボンドのイメージが定着しているから、新たなボンドを打ち出すため相当のクラッシュ&ビルトが必要だわ。しかし、ダニエル演じるボンドはより人間らしく、仕事に対するクールさやちょっとしたウィットさも絶妙で、「ボンドは実在する」と確信させられたわよ。

当時42歳という若さでありながら、男の悲哀と苦悩をがっちり演じきる渋面にノックアウト…久しぶりに"良い男"というものを魅せて頂いたと言えるわね。

ストーリーはMI6のエージェント、ジェームス・ボンドが、NATOの諜報部員の情報が記録されたハードドライブを取り返すべく組織を追い詰めるの。上司Mは同僚の保護より敵の追跡を最優先にと指示を出し、その結果ボンドはアシスタントのイヴのミスで撃たれてしまう。暫しの間、死人として休日を楽しむボンドだったけれど、MI6の本部が何者かに爆破され、Mが標的になっている事を知り帰還するの。

敵を追い上海で謎の美女セヴリンと接触し、ようやく黒幕が登場。何とその正体は元MI6のエージェント、シルヴァだった!シルヴァはMに忠誠を誓いながらも、任務で拷問を受けた際自決を図るも死ねずに顔が崩壊した事で彼女を憎み、執着していたの。最終決戦はボンドの生家「スカイフォール」が舞台となったわ。

ボンドはボンド家の管理人であるキンケイドと共に知恵を使い、シルヴァの強靱な武器に対抗し死闘を繰り返したわ。しかし最終的にMは「自分はひとつだけ正しかった」とボンドを復帰させた事に満足し、息を引き取ったの。

「スカイフォール」はイヴやセヴリンのボンド・ガールは単なるフォーマットであって、真の主役はMね!そしてMを中心に、ボンドとシルヴァの3人の関係が色濃く描かれている。

ジュディ・デンチ演じるMはさすがの風格だけど、ハピエル・パルデム演じるシルヴァは狂気に満ちた偏執ぶりは圧巻!左の鎖骨を失った為入れ歯を装着しているのだけれど、その為に鼻の穴の大きさが左右違っているという演出も見事よ。

個人的に好きなのは初めてボンドと対面した際、シルヴァがボンドの両足をスッと撫でるシーンね。欲しい物は手に入れる、そんな彼の考えの片鱗を垣間見れたし、ボンドガールとのやり取りよりセクシーだったわ。

更にMを追い詰めた際に彼女を「ママ」と呼び、銃撃戦で受けた彼女の傷を心配し、お互いのこめかみに銃を付け共に死のうと訴える姿には、男女や親子などの意識を超えた愛情を感じ切なさえ感じたの。悪役はやはり悲愴感があって初めて演じられるもの・・・素晴らしい!

本編だけでなくアデルが歌う「スカイフォール」もクールだったわ…丁度Mのクレジットの部分で十字架が重なる様になっているのよ。彼女が最期を迎えたのもスカイフォールの敷地内にある礼拝堂…この時点で彼女のラストを匂わす演出が施されていたとは憎すぎるわ。

他に武器担当のQがオタクな青年だったり、古きを温めて新しきを斬り込んでいくという方式には関心させられる。自分にとってこの007が最初なので、これから遡って見ていこうと目論見中なの。しかしながら、ダニエル・ボンドが今後半永久的に定着することを願わずにはいられないわ。日本男子諸君、スーツを格好良く着こなすにはまず体力作りから!ですな。

そして、今からボンドと言えばショーン・コネリーの007番外編「Nerver Say Never Again」を見るのです…フフ。

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2013年05月11日

ムッソリーニとお茶を日記 文化の意味するのも編

201305101999年イタリア映画「ムッソリーニとお茶を」を見ると、文化や芸術という意味を今一度考えさせられるわ。日本でも文化を伝承って言うのは簡単だけど、その文化そのものが何に根ざしてるのかと尋ねると答えが返ってこない場合が殆ど…歴史的背景まで織り込まれた企画は本当に少ない。この映画はそんな文化を死守するご婦人達の実話をベースに描かれた作品よ。

芸術とは皮肉なもの…ダビンチにしろモーツァルトにしろ王家という絶対権力の庇護の元で開花し伝承され今も息づいている。やがて王家には名誉だけが残 り、実態経済は豪商に移行。そして、芸術もまたメディチ家を筆頭に文化としてパトロネージュされ数多くのアーティストが軌跡を残しているの。



芸術は悪用されるケースも多い…ベルリン・フィルとヒトラーの関係等、芸術一辺倒の生活が時代に翻弄されるリスクもあったの。反対にピカソの“ゲルニカ”のように1枚の絵が世界を行脚し政治にプレッシャーをかける事もあるわ。



「ムッソリーニとお茶を」は、当時ファシスト党のムッソリーニが自分をアピールする材料として、文化・芸術を利用した経緯を、シニカルな象徴としてピックアップし時代色を際立たせた力作よ。決してムッソリーニのお話ではありません…4人のミドル女性を中心展開するたくましいドラマなの!



時代は1930年代。ムッソリーニが40年に英仏両国に宣戦布告する前後のイタリア動乱期のお話。1935年、フィレンツェの芸術的環境に憧れるイギリス 出身の3人(マギー・スミス/ジョーン・プローライト/ジュディ・デンチ)の誇り高きレディが、身寄りのない男の子を立派なイギリス紳士に育てようと決意 するの。そこにアメリカ人ショーガールで富豪との結婚をくり返す女性(シェール)が加わりスポンサーになるけど、ナチスの台頭によりイギリスはイタリアの敵国となり、彼女達も強制収容所暮らしとなってしまう・・。



物語はこの少年の目から見た4人の女性の生き方にスポットをあてたドラマとなっていて、戦闘の場面や直接的な反戦へのメッセージは殆ど無いわ。戦争が勃発 しても祖国に帰らず自分達をイタリアの一部として友好関係を保とうという姿勢を保ち続けた主人公たちの姿に、監督であり、この少年自身であるフランコ・ゼ フィレッリの感謝の思いが強く込められているの。結果、それが平和を愛するメッセージにつながっているの。



“人を育てる”とは今で言うプロデュース能力に相当するわ。よく、『プロデューサー業で一番重要な資質は何ですか』と尋ねられるのよね。『それはお金』と 答えてしまいそうだけど、実はどこまで世話を焼けるかが重要なの。この作品は、その世話焼き度がとてもコミカルに描かれている。また、資金担当はアメリカ人、教育担当はイギリス人というのも世相を表現していて楽しめるわ。



ちなみに、当時のイギリスのレディ達が師と仰いでいたのが「アンナと王様」で有名なアンナなの。意志の強さや自分の存在価値に確固たる自信を持ち、それ をライフスタイルとしていた象徴的な存在だった彼女。もしかしたら、現代の女性の強さにも通じる部分があるかもしれない。



見どころは、何と言ってもスミスやデンチ他の強力なアカデミー女優の演技力。イギリス女性とアメリカ女性の生き方に対する対比をとても素直に演じているのよ。



芸術をこよなく愛する女性がテーマとあって、ファッションや風景も実に凝っているわ。トスカーナ地方“花の都”のフィレンツェから“美しい塔の都”のサンジミニャーノや古都フィエーゾレを背景に、さりげなく登場するフレスコ画や彫刻等の美術品、19世紀風のイギリス婦人のスタイルからモダンなドレスや斬新 なパンツスタイルと見逃せないシーンも多いの!



「ムッソリーニとお茶を」は、芸術をこよなく愛し、どのような状況下でも自分達のスタイルを貫き通した女性達を通して、個人の存在がいかに今に連続し、未来へとリンクして行くのかを気軽に見せてくれたわ。女性的要素が強く出ているけどオールラウンドで味わえる秀作よ!



ちなみに、タイトルの「ムッソリーニとお茶を」とは、ファシズムが台頭し外国人たちの生活に危害を及ぼすようになったため、外国人居住区のレディがムッソリーニに直談判しに行き、彼に英国流のお茶でもてなされた、というエピソードからよ。

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2013年02月18日

ショコラ日記 甘くはない村八分編

20130215バレンタイン気分も抜けきれないまま、ショコラを手に映画鑑賞。2000年に公開された「ショコラ」はまさにこの時期にうってつけの作品よ。

タイトルから察するにラブロマンスかと思いきや、ヨーロッパの歴史や慣習、そんな陰鬱な部分が重厚に描かれているので、これがまた非常に興味深いわ。因習に凝り固まったフランスの小さな村に、突如現れた美しい母と娘…冒頭、吹雪の中をグレースケールで描かれた様な村に赤いマントを羽織った2人が登場するのだけど、このシーンこそがストーリーを隠喩していたと言えるわね。

物語の主人公は美しき母ヴィアンヌ。彼女はこの小さな村に訪れるなり、娘と共にチョコレートの店を開店したいと申し出るの。村の権力者であり因習の権化ともいうべきレノ伯爵は、彼女に村の規律やミサへの参加などを伝えるけれど、ヴィアンヌはそれを拒否。最初は遠巻きに彼女達を見ていた村人達は、やがてヴィアンヌの作る美味しいショコラに魅せられ心を開いていくのよ。

孫に会えず孤立する老女アルマンド、何十年も恋に悩む老人、夫の暴力から逃れた妻…皆がヴィアンヌの店に集い、いつしか彼女のショコラをきっかけに問題に向き合っていくようになるの。そんな最中川辺に海賊の一団が訪れ、よそ者を快く思わない伯爵はや村人達は彼らに対し徹底的な村八分体制を取るのだけど、ヴィアンヌだけは彼らを受け入れ、やがて彼女達も村八分に。命の危機にさらされ、理解者の1人である老女のアルマンドの死をきっかけに、傷付いたヴィアンヌは新たな土地へ移ろうとするのだけれど、彼女のショコラは最後に彼女自身を救うことになるの。

甘いものを食べると、人間って幸せな気分になるわよね。それはきっと気分転換という現象が苦痛を癒やし、新たな発想へ導いてくれるからなのかも。ここで登場するショコラはヴィアンヌそのもの…人の痛みを理解し、どんな理不尽さにも屈せず自分らしく生きる、そして美しく、まさに女性として理想中の理想!でもやはり注目すべきは役者陣ね。

ジュディ・デンチは、偏屈のレッテルを貼られ病と死に怯えながらも自分の人生を楽しむ事を忘れない大胆で可憐な老女アルマンドを演じ、作品全体をビシッと締めてくれていたわ。さすが大御所の貫禄よ!そしてアルフレッド・モリーナ演じるレノ伯爵も見逃せない。四角四面で融通が利かない伯爵がヴィアンヌのショコラを口にした瞬間、たがが外れたようにショーウィンドーのショコラを食べ尽くすシーンはこの作品の最大の見せ場ね。ここで彼は因習という自縛から解放されたのだけど、これがとにかく圧巻!

その他にも、この時代に沿ったヴィアンヌの"自己表現"であるカラフルなカーディガンと靴の配色は素敵で、ちょっと真似をしてみたいわ。サーモンピンクとグレーの組合せは非常に粋だったわ。

ラストシーンの銅像カットはちょっと勿体ない感があったけれど、見所満載で程よい満腹感。もしかすると映画「ヒューゴ」は今作から多大な影響を受けているのかもという気がしてきたわよ。日本でもまだ村八分はあるけれど、諸外国の様に歴史や民族、宗教など入り組んだ重さとは全く異なるわ。でも人間社会では大小関わらず存在する出来事であるので、自分がどう関わっていくのか幸せなのかをまず考えたいわね。さて、考える前にまずお茶でもいれましょうか・・・。

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