音楽

2017年04月08日

ビヨンセ日記4 Lemonade編

20170402

改めてビヨンセという女性の凄さを思い知らされる…前作「ビジュアル・アルバム」ではその音楽性やメッセージ、ビジュアルだけでなくエンターテインメントとは何ぞやという事を突きつけられた歴史的な作品だった…今回「Lemonade」は更にビヨンセという女性の生き様を満遍なく見せてくれた上にリスナー側に「女性陣、どうなの!?」と強く問いかけてきたわ。

この「Lemonade」…リリース直後は、彼女の夫Jay-Zの浮気がテーマになっているという点がピックアップされたり、リリース直前にHBOのスペシャルプログラムで全曲放送されたりと話題性としてはこれ以上ないほど…夫の浮気に傷付き怒りながらも己のルーツを辿り、そこから黒人問題を提起していく姿は戦士そのものよ。

ケンドリック・ラマーも参戦しており、彼のこれまた怪作である「To Pimp a Batterfly」同様そのメッセージは強く、そこに「世の女性達よ、立ち上がれ!!」というメッセージがプラスされているわ。

楽曲的には前作の方が好みではあるけれど今回はそのビジュアルと歌詞が兎にも角にも強烈!!…もともとタイトル「Lemonade」は、90歳の誕生日を迎えた祖母が「人生が酸っぱいレモンを指しだしたら、甘いレモネードにして飲めばいい」という言葉から生まれたそう…これはまさに人生の女性の大先輩からの大きな啓示ではないだろうか。

個人的にビヨンセのアルバムの中でも彼女の変化を大きく感じ始めたのはアルバム「I Am…Sasha Fierce」かしら…「Single Ladies」や「If I Were aBoy」は素晴らしい作品ではあれど女性ならではのそのテーマが重く引っかかってきたのよね。

この年Jay-Zと結婚となり普通なら幸せ全開の作品を発表するかと思いきや、この重さは・・・?と…どことなく心配に…そして新作・・・いやはや、心配は的中してしまった…でも表現者は自分を切り出してなんぼ、根底に根付く感情を投影させてなんぼのものであり彼女がその苦しみや痛み、怒りを作品で昇華させたのは当然のこと…ましてやアーティストであり、ビジネスマンとしても成功している2人に歪みが出来るのは仕方の無い事で・・・でもその中でビヨンセの一途な思いが見え隠れしていることには好感が持てたわ。

20170403女の直感で愛する人のよそ見に気付いた後、怒り、謝罪の言葉に無感情になり、虚しさを感じる…ようやく赦し前進しようと歩き出す、そんな彼女の一大叙事詩とも言える「Lemonade」・・・実にお見事です。

中でも特に気に入っているのは「Hold Up」ね…このビデオでのビヨンセはとにかく可愛らしいの。

ロベルト・カバリの色鮮やかなドレス姿にバットという驚愕的な出で立ちで、手当たり次第車や様々なものを破壊していく…でもその表情は爽快でどこか狂気に満ちているのが良いわ…女性なら誰でも1度はやってみたい!!と思うシチュエーションではないかしら。

間もなく双子を出産するビヨンセ・・・知的で毅然とした立ち居振る舞い、留まることを知らないパワーと美しさ、完璧な仕事ぶりと非の打ち所の無い”女の中の女”であることは間違いない…そんな彼女が今回少しだけ脆い女性的な部分を見せてくれたことは、ちょっぴり嬉しい気がするわね。

さてさて、母としても更にパワーアップする彼女…今度は聖母として君臨し新作を送り出してくれるかもしれないわ…自分も6インチヒールで戦わねば・・・ガクッ。

pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(2)

2017年03月21日

ベース日記 低音はサウンドの父!!編

20170307バンド・サウンドの屋台骨といえば、やはりベースとドラム。…長年音作りをしてきて、このパートが最も重要あるという事はよく理解しているわ。

以前自分のユニットで強靱なベースとドラマーが参加していた頃は”鉄壁のリズム夫婦”と呼ばれ、どんなタイプの楽曲であっても抜群の安定感をもたらしたものよ…それ故に、どんな冒険をしようとどんな音を乗せようと浮き立たず軽くならない。

バンドの中でギターは花形的存在かもしれないけれど真の花形はベース・ドラムであることは間違いないわね…実はこの認識、最近科学的にも証明されんですって!!

科学ジャーナル誌のサイトによると「低音の楽器がリズムを刻むと優れた時間認識になり、低音域がそれを説明する」という趣旨の研究報告が掲載されたの…人間の脳は低音で流れるリズムに気付きやすく理解しやすい構造になっている・・・というのがその根拠だそうよ。

その為音楽を聴いて手足でリズムを取ったり踊ったりするのはベースが刻むリズムに合わせているからなんですって…耳の構造に於いても低音域は脳に届きやすいのでリズムを捉えやすく、その上に高音域を乗せると音楽が成立すると解明・・・やはり自分が考えていたことは渦巻管の力学でも立証されたわ。

更なる研究ではべースを聞いた聴衆は力や自信が湧いてくると感じる効果もあるそうよ…立ち位置的には地味であってもその存在は音同様に重く、全てのサウンドの生死に関わるポジションである事は間違いない…バンドを始めるならまずベースをお薦めしたいところね。

いつもお世話になっている日本を代表するベーシスト富倉安生さん、依知川伸一さんが率いる「日本プロベーシストの会:ベースメント・パーティ」も今年で17年目…ライブも60回を越す勢いで継続しているわ。

不思議なものでお会いするとどのベーシストの方も決して自己中心的でなく優しくて頼りがいのあるお父さん的な方ばかりなのよね…性格も大きく影響しているのかしら・・・この研究結果を踏まえ、諸先輩方、日本の若者達にベースの素晴らしさを伝え続けて下さい!!

pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(0)

2016年10月07日

Black America Again日記 痛烈なメッセージ編

20161003様々な物事が進化しても未だ根強く生き続けている…人種差別。

日本にいると有り難い事に平和が当たり前、差別といっても仕事上の事であったり、水面下の男女差別くらいしか思いつかないけれど海外では移民問題や黒人差別の問題は日常化していると言って良いほど深刻よね。

ミュージック・シーンでも様々なアーティスト達が黒人差別について訴えているし、ケンドリック・ラマーも警官による黒人射殺事件を作品に反映させメッセージを送り続けているわ。

そして最近シカゴ出身のMCコモンと御大スティービー・ワンダーも黒人差別問題を対する楽曲を発表・・・これが非常に衝撃的で音だけでなくその映像に心臓を鷲づかみにされてしまったの。

映像は警察によるアルトン・スターリング射殺事件の生々しいシーンから始まる…この映像は事件の証拠であると同時に社会に様々な影響を与えたわよね。この時撮影した方も命懸けだっただろうから、普通に生きるという事がどれほどサバイバルであるかということを思い知らされてしまうわ。

楽曲はカリエム・リギンズとロバート・グラスパーがプロデュース、ベースにエスペランサ・スポルディングという豪華な顔ぶれが手掛けていてシンプルながら心地良いリズムトラックに奴隷制度、大量投獄、ジム・クロウ法などにも及ぶ重厚なメッセージが託されている。

何も考えずに聴いているだけならロバート・グラスパーお得意の浮遊感のあるお洒落感が際立つけれど、後半スティービーが繰り返す「We are rewriting the Black America Story」に楔を打ち込まれる思いよ。

本編の映像は記録映像と共に悲しみ思いに耽る黒人たちを組みあわせているのだけれど、老若男女、どの人物もその表情に偽りは感じられない…遠くを見据える虚ろな目、思いを馳せる様子はどれも作られたものではないリアルを感じるわ。日本のMVで悲しみを表現した作品はどれもこれも稚拙で見る側に悲しみを強要しようとする厚かましささえ感じてしまう・・・でもそれは民族としての団結や誇りという概念が稀薄だからなのかも知れないわね。

改めてこのMVを見ていると、日常に流されてしまいながら果たして真剣に生と向き合って生きているのだろうか…という自問自答を繰り返してしまうわ。私達は生きているからこそ、悲しみ、悩み、傷付く・・・でもその負の連鎖を和らげ浄化できるのも私達自身であるということを忘れてはならないわね。



pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(2)

2016年09月01日

ケンドリック・ラマー日記2 トゥ・ピンプ・ア・バタフライ編

20160901今年のグラミー賞でその圧倒的なステージで存在感を知らしめたケンドリック・ラマー。

彼のパフォーマンスから心臓を抉られるような衝撃を受けたのは、アーティストとしての才覚が素晴らしいだけではない…彼の中に息づく魂が自由を求めて叫び、血を流し戦っている様が音を通じて感じ取れたからだ。

近年、立て続けに勃発する白人警官と黒人の悲痛な事件によりアメリカの根深い人種差別は未だ続いているのだと痛感させられる。平和な日本にいるとこの社会問題はどこか他人事の様に思えてしまうが改めて差別とは何層にも塗り重ねられた厄介な厚みがあり、それを打ち壊すにも相当のパワーが必要であると気付かされた。

コンプトン出身のケンドリックの音楽はそんな平和ボケした自分の感覚を覚醒させてくれたのだ。

それは彼の力強いメッセージの背景にある音楽とは本来自由なものであり、その表現も方式もアーティスト自身が描き出す唯一無二のものであるということ…そして何より”楽しむ”ものである、という基本的なことだ。

どうしても創る側は理論やクオリティ、機材等々知恵が付くほど囚われがちになり小さく纏まってしまいがちになる。逆に自分自身はその点が及ばない事に萎縮してしまっていたが、ケンドリックの音に触れ音楽の存在意義を再認識出来た…音楽は私達の生活に表情を与え、時には素晴らしいカウンセラーともなり得る素晴らしいものであることを・・・。

前置きが長くなってしまったが自分のチャクラを開いてくれた彼の最新アルバム「トゥ・ピンプ・ア・バタフライ」を紹介させて頂きたい…このアルバムはこれまでのケンドリックの作品と一線を画しているし、RAPアルバムとしても革新的と言える。アートワークはホワイトハウスの前で打ちのめされた裁判官、彼を囲んで酒と金を持った笑顔のストリート・ギャング・・・アルバム全体を通し、奴隷制度から件の黒人射殺事件、更にアンクルサムによる黒人の搾取の構図を取り入れ、時にはストレートに時にはシニカルに、コミカルに表現しているのが素晴らしい。

特に秀逸なのは天才的なセンスある楽曲・・・こういったジャンルの場合リズム・トラックなる呼称が在るのかも知れないが、敢えて楽曲と呼ぶべきかも。

アルバム1枚を通して非常に心地良い構成になっており、1曲1曲のクオリティが高く、とにかく「格好良すぎる」としか言い様が無い…ケンドリックのRAPはそのリリックの威力は勿論だが、言葉を紡ぐリズムと声は最早最高の楽器である。とにもかくにも心地良い、COO---L過ぎてアルバムの並び通りについ最後まで聴いてしまう。

更にケンドリックの声のバリエーションの豊かさも圧聴…シーン毎に様々な彼が登場するのも見事で、役者としても大成するのではとさえ思える。アルバム全曲どれも素晴らしいが、やはりグラミー賞でアレンジを変えて挑んだ「ザ・ブラッカー・ザ・ベリー」映像表現も実に見事な「オールライト」は特に耳を惹きつけてしまう…テーマは重くとも、そのセンスと絶妙な間合いで細胞に染みこんでくるのは、やはりケンドリック・マジックだ。

特筆すべきは、2曲目に配置された「For Free?」…こちらもベティちゃんの様なナイスバディを持つセクシーでわがままな黒人女性をケンドリックが追い回し、己の体もただでは無いのだと言い寄るというコミカルなPVなのだが、このビッチ・ベティはアメリカを象徴しており、昔コットンを積んでリッチになった黒人は今ラッパーとして成功しても搾取され続ける、選択の自由もないという皮肉が込められている…たった2分10秒のインタールードではあるがモダンジャズのアプローチが鳥肌もので、ケンドリックの鍵盤を流れ弾く様なスムージーなRAPは名人域だ。

言葉が悪いが”やばすぎる”!!と言わせて頂こう…ラストの「モータル・マン」は2パックとの会話とドラマティックな演出で纏めているが人間の発するものは吐息でさえも音楽になるのだと気付かされ、目から鱗の勢いだ。改めて思うのは、ケンドリック・ラマーという人物は思慮深く知的なアーティストであり、彼が黒人としてコンプトンで生まれ育ってきたのも意味がある事だったのではないだろうか。

人間は負の状況に於いてそれに流される者、活路を見出そうとする者に分かれてしまうものだ…抵抗し藻掻いて傷だらけになったとしても、その位置まで辿り着いた者にしか見えない何かがあるのは確か。己に自尊心が無ければ相手が自分をリスペクトしてくれるはずは無い、まずは自分の心の中から変えていかなくては、というケンドリックの言葉に偽善的な響きが一切感じられないのはそのせいだろう。

彼を救世主とか先駆者など月並みな呼び方はしたくないが、古より存在する人間の絆や音の楽しさなどを思い出させてくれた事はセールス以上に重要な功績ではないだろうか・・・。


pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(0)

2016年07月01日

ターヤ日記9 歌姫、遂に日本降臨・・・!!編

20160701歌姫ターヤ・トゥルネン…彼女がソロ名義で日本の地に降り立つというニュースが流れた時は震撼したわ。ちょうどニューアルバム・リリース、アジア・ツアー最終地が日本で1stgeのみという奇跡的なタイミングで彼女に会えるなんて・・・そう考えただけで興奮ね。

日本のiTunesではリリースのタイミングが合わないというアクシデントに見舞われたものの、新曲やカヴァー曲も事前にチェック出来たので良しとしたわ。

数年前ターヤが脱退した後の「NightWish」も日本で見る事が出来たけれど、やはり本家ターヤ版には及ばず納得の行くライブではなかったのよね。でもこんなに早く旬のパワフルな彼女を見れるなんて・・・神の思し召しと言って良いくらい。

6/28…会場は新宿ReNY…所謂通常のロックバンドのツアーらしい概要には正直驚いたけれど、逆にこれくらいの規模の方がじっくりと楽しめて良かったかも。しかも今回は最前列かぶりつきで見る事が出来たのもラッキーだったわ。

これまで観客として訪れたライブとしては最も近く、手を伸ばせばそこにターヤ!という距離に恵まれたのよ…機材トラブルで開演が遅れたものの、観客のボルテージは上がる一方・・・幕が上がり、まず目に飛び込んできたのは、今回ターヤと同じくらい見たかったチェリストのマックスのパフォーマンス。その長身を右へ左へと回転させながら弓を持つ手を上げたり下げたり・・・まるで鷹のような優美な動きには見とれてしまったわ。

他のメンバーも息が合っているのもあるけれど、時折笑顔を見せながらパフォーマンスのシンクロぶりも非常に自然で格好良い。これは練習したり、長くやっていれば出来るという代物では無くお互いの呼吸を自然に読めているという証拠なのよ・・・素晴らしい。

20160702他のメンバーも息が合っているのもあるけれど、時折笑顔を見せながらパフォーマンスのシンクロぶりも非常に自然で格好良い。これは練習したり、長くやっていれば出来るという代物では無くお互いの呼吸を自然に読めているという証拠なのよ・・・素晴らしい。

そして我らが歌姫ターヤは黒のラメワンピースにブーツで登場!!しかも1曲目は奇跡の「The Phantom of the Opera」…これは悲鳴もののオープニングよ…期待通り後半のフェイクも抜群の安定感で「生で聞いちゃったよ!!うわああ!!」というまるでライブに来たての高校生のような興奮に見舞われてしまった

途中レースのトップスにチュールのミニスカート、ピンヒールという可愛らしいお召し替えもあったりして興奮は高まるばかり・・・最も驚いたのは、表情も含めターヤという女性は本当に可愛らしい人だということ。

「NightWish」時代のあの圧巻のライブパフォーマンスで格好良い印象が残ったけれど、実際に彼女を見てみると可憐な女性であり、その歌声は気品に満ちて美しくパワフル・・・つまり全てが完璧だったわ。

ニューアルバムからはファンク色の濃い新曲、そして心待ちにしていた「Gold Finger」のカヴァー、ファーストアルバムからメロディーラインの美しい「Sing For Me」ライブ向きのハードな「Ciaran’s Well」など涙ものの選曲だった。各曲のアレンジもさることながら、ショウ全体の流れ、余裕を感じさせるパフォーマンス、抜群の安定感の中から生まれ溢れ出るエネルギー、どこをどうしても完璧としか言い様が無い。

これまで色々なアーティストのライブを見てきて個人的にどこか仕事脳で聞いてしまっていてもターヤのショウは別格だったわ。

彼女が好きとか曲が好きという点を差し引いて、これほどクオリティの高いショウを見たのは生まれて初めてかも知れない…とにもかくにもターヤの実力は恐るべきもので、あの独自のオペラティック発声がヘヴィなサウンドと融合した際、時に心地良く、時に鋭利に響き、耳から脳に到達する際には見事に融合しているのが恐ろしい。

20160703太いアウトラインを描いているのにその線は決して太く感じず、全体像を見れば絶妙のラインになって作品が出来上がっているといった具合なのよね。このショウを見たことはこの数十年の中で一番の収穫といえる。

最後にターヤの手を握ったとき彼女のしなやかな指からパワーを奪えた気がしたわ。そんな高校生のようなドキドキ感がまだ自分の中に残っていたのかと少し感動したりして・・・でもそういう新鮮な気持ちを思い出させてくれたターヤには感謝したい。

彼女は観客に対してずっと感謝の言葉を投げかけた、その純粋な思いが演奏と笑顔を通して伝わってきたわ…その幸福感・・・これぞ音楽の力なのだと改めて思い知らせれたわ!!ターヤ、次は会いに行くからね!!来てくれてありがとう!!

pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(0)

2016年03月01日

ケンドリック・ラマー日記1 恐るべし!!Power of Black編

20160301先日開催されたグラミー賞…予想通りテイラー・スウィフトにブルーノ・マーズと期待の面々が受賞する中、あるアーティストのとてつもないライブ・パフォーマンスに釘付けになったわ。

彼の名はケンドリック・ラマー・・・その後に披露されたレディ・ガガのDボウイ追悼メドレーも素晴らしいかったけれど、それらすべてを上書きしてしまう程見事なパフォーマンス。

ご覧になられた方も多いだろうけれど明らかにケンドリックは音楽や歌というものを超越し、己の奥底に潜む強い信念、溢れ出す郷愁や血族たちへの思い、そして愛を物凄いパワーで見せつけてくれたわ。

時に宣教師のように、兄弟のように、友人のように語りかけ「俺はここにいる」という絶対的な存在感がパフォーマンス後も残ったの。そのメッセージは決して押しつけがましいものではなく、ダンスも演出も表面的な格好良さではなく、彼自身から発せられるものがそのままビジュアルとして表現されているからこそ心を掴まれ、すべての機能が彼を追う羽目となる。

こんな恐ろしいアーティストがいたなんて・・・改めて音楽とは、歌とは、それを表現する意味とは?という事を改めて考えさせられたわ。最初、刑務所に連行されるケンドリックが自らを縛める鎖をそっと挙げ、指をマイクに這わせるという絶妙なタイミングでリズムとRAPが同時にスタート。

牢の中には同じく囚われた仲間がサックスでモダンジャズのようなアプローチを効果的に挟み込む…その後続くリズムトラックは非常に心地良く、前代未聞、前代未聴のモダンさに度肝を抜かれたわ!!…パフォーマンスは刑務所から南アフリカの大地の民族的なシーンに移行、最終的にケンドリックが一人マイク前に立つという流れなのだけれど言葉がわからずとも彼がアメリカ社会の於ける警察問題、差別や暴力に対して訴えているということは理解出来る。

最終的に「Compton」と書かれた地図を背に立つ彼の姿にケンドリックのルーツを窺い知ることが出来たわ…「Compton」は彼の出身地であり、ストリートライフやギャングバンギンにどれだけ身を投じたかによって人となりを判断されてしまうという、日本でのうのうと暮らしている私達にとっては想像もつかない危険なエリアだそう。

ブラック・カルチャーに於ける物質主義的な価値観や欲望、そんなものに憧れを抱きつつもその中から這い出たいという葛藤、友情やストリートなどへの愛情など日々深い思いを抱きながら彼らは戦っているに違いない。

歌は言葉であり音楽は思いを伝える背景である…そんな当たり前の事をケンドリックを通して思い出す事となったわ。民族もジャンルも超え音楽というものの懐深さ、そしてその意味をもう一度考えて見るべきかもしれない…ケンドリック・ラマー・・・兎にも角にも恐ろしいアーティスト、いやメッセンジャーよ!!!

【グラミーLIVEパフォーマンス】

pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(2)

2016年02月01日

ヌスラト・ファテー・アリー・ハーン日記1 リアル・ワールドから伝説へ編

20160201世界的に著名なパキスタンのミュージシャンでありイスラム教神秘主義スーフィズムにおける儀礼音楽カッワーリの歌い手である「ヌスラト・ファテー・アリー・ハーン」…彼に関する情報は少ないけれど、その声を一度聴いたら最後脳まで震え上がってしまう。

世の中に素晴らしい歌い手は沢山存在するが、歌手、ボーカリスト、アーティストという従来のカテゴリーで彼を呼ぶのは軽々しい気さえしてしまう。歌は神に捧げるもの・・・やがてそれは長い歴史をかけて人々の暮らしに息づくものと変化していったけれど、ヌスラトの声はその伝統的な部分を差し引いてたとしても”生命の根源”そのものとしか言い様が無い。

残念ながら彼は48歳という若さで亡くなってしまったけれど、南アジアの歌手として最も多く西洋の聴衆の前で公演しカッワーリの分野に於いても最も多くの音源を残してくれた。

初めてヌスラトの声の洗礼を受けたのはピーター・ガブリエルのアルバム「UP」に収録された「Signal To Noise」を聴いた時…ピーガブの語るような一音ずつ置いていくようなボーカルの後にスッと流れ込んできたかと思えば一瞬にして巨大な空間を創りだし、そこをとてつもないエネルギーで満たしてしまった。

この2者の押し引きのバランスは実に見事で、後半はヌスラトが習得したカッワーリの独特な喉を鳴らす手法が余すところなく披露されているわ。

ピーガブはその才能は勿論ではあるけれど素晴らしいアーティストを見つける才能も兼ね備えているのだなと痛感し…伝統的な手法もピーターの手にかかれば本来の素晴らしさはそのままに、更に現代的なアプローチでより研ぎ澄まされたものとして再生されていく。

ヌスラトの発声がどうなっているのか今なお研究中なのだけどレッドボイスの強さと伝統的なカヤールなる喉奮わせの技法、更に神に届けと言わんばかりの精神的な上昇グルーブなどなど…所謂ボーカリストとしてこうあるべき、こうしなくてはいけないというつまらない禁忌を一蹴している事は明らか。

個人的には非常に理解出来る部分が多く自分の得意とする手法が活かせるはずなのでヌスラトの発声は時間をかけて自分のスタイルに取り入れたいと思うわ。

彼の声はピーター・ガブリエル主催『リアル・ワールド・レーベル』からもリリースされているので少しずつ集めていくつもりよ…出来ることならライブでヌスラト洗礼を受けたかったけれど今は天国…でも貴重なピーガブとのライブ映像を見つけたので是非ご覧あれ。

若干ピーガブが押され気味のセッション的な展開が見物!!そしてヌスラトの力強い目合図も見どころ…改めて”歌う”ということ”発する”という事の決意と責任の重さを思い知らされた1曲でありました…ヌスラト・ファテー・アリー・ハーンよ、永遠なれ!!

【Signal To Noise】

pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(0)

2016年01月27日

Medeski,Martin&Wood日記 インプロ・ブラザーズ編

20160110初めて彼らの音に触れたのは今から約十数年以上前のこと・・・

行きつけのロック・バーでオーナーが大音量で流しており、ほぼボーカルの入った楽曲しか聴いていなかった自分にとって実にセンセーショナルなサウンドだったわ…アーティスト名は「Medeski,Martin&Wood」

この時耳にしたのは2000年にリリースされた9枚目のアルバム「The Dropper」で、その圧倒的な音にただただやられっぱなし状態に。

MMWBANDはkeyのジョン・メデスキ、ds.perのビリー・マーチン、bのクリス・ウッドの3人からなるジャム・バンドで、ファンク、ジャズ、前衛音楽の融合というのが最もわかりやすい表現かもしれないわ…本人達はジャム・バンドと呼ばれたくはないそうで、1997年から1998年の間は自己レーベルからリリースし、途中ブルーノートレーベルからリリースするもまた新たな自己レーベルを立ち上げて独自の音楽道を貫いているの。

前衛音楽というと突飛なことをしたり纏まらなくても許容、というケースが多いけれど、彼らはいくら冒険しても土台がしっかりしているから起承転結がある上、ドラマティック!たった3人なのに、いや3人だからこそなのかその音の厚みは”腹に来る格好良さ”だわ。

1曲目の「We Are Rolling」のリズムとハモンド捌きは、まさに転がり始めた彼らの勢いそのもの。続いての2曲目の「Big Time」のリフの秀逸さには無駄なものが一切無く、先に進めば進むほどどうなるんだ!?と聴き入ってしまう。特にリズム隊の表現力にはただただ驚かされてしまうので、ドラムとベースプレイヤーは必聴と言えるわね。

音楽雑誌でMMWBANDは予め音楽を考えず、出来るだけその場で考えを纏めていくというインタビュー記事を目にしたことがあるのだけど、やはりセンスと実力があるプレイヤーはその場で自分を解放できる術を身につけているということなのだなと頷かされたわ。

音は生もの・・・だからこそどれだけ新鮮な間に料理できるか・・・そこがプレイヤーの腕の見せ所なのかも。ある意味解脱の域に達している事ではあるけれど、どれだけアウトプットを広げることが出来るか、勝負よ!!

pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(0)

2016年01月20日

スティービー・サラス日記 グレーファンクは30にして立つ編

20160107スティービー・サラスというと日本ではセッションミュージシャンのイメージが強いわね…彼のソロアルバムは2枚ほど持っているけれど1994年にリリースされた「Back From The Living」はお気に入りで今でも時々聴いているの。

強烈なインパクトはないけど体の細胞のどこかに残るサウンド、トータルで心地良いアルバムよ…本来ギタリストであるスティービーのロックでファンクなプレイが前面に出ているけれど、このアルバムではボーカルにも要注目。

ちょっとハスキーでカラカラとした声質はギターとぶつかる事のない絶妙なバランスだわ…不思議なことにボーカルもこなせるギタリストというのはボーカリストとしても魅力的な声を持っている人が多い気がする。声も楽器として捉えているせいか気負った感がなく無理がないのよ…スティービーの生み出すポップな曲調には非常に合ったキャスティングと言うべきかしらね。

黒すぎもせず白すぎもしないこの声質を敢えて言葉にするなら”グレー”…曖昧という事ではなく良い意味で主張し過ぎないバランスの良さが心地よさに繋がっているのかもしれない…これはなかなか真似できないわ。歌詞もスティビーの等身大の世界観が展開していて、好感が持てるのよ…自分の辿ってきた軌跡、生き方への不安と葛藤・・・当時30歳の彼の真面目な姿勢が見えてくるようよ。

個人的に一番好きなのは6曲目「ボーン・トゥ・マック」…歌い出しはこう…『ベーコンみたいに炒められハムとして梱包・・・陳列された食料品だ・・・そう俺には分かってる』これは女性に対して投げ掛けられた言葉で、最後には『お前はヒモの為に生まれたのさ』とあるの。

一見女性蔑視のように思えるけれど、皮肉たっぷり洒落の効いた歌詞には思わずニヤリ。おいしそうな肉に例えられた美しい女性は結局誰かしら男性のものになる・・・そんなお決まりの事態を静観しつつ小気味良く表現しているのかも。しかしながらこの時期はスティービー自身がソロ活動を開始して波瀾万丈の時期だったようだし、もしかしたらどこか自嘲的なエピソードだったのかも・・・などと想像が膨らんでしまうわ。

雑誌のインタビューでスティービーが『ギターばかり取り沙汰され歌詞に対して質問が少ない』と語っていたのよね…どこか軽口っぽい歌詞だけに深読みされないという理由もあるかもしれないけれど、この時点で彼はギタリストという枠を超え表現者であるということは間違いないわ。

スティービー、30にして立つ・・・やはり自分の人生の積み重ねがすべて音に出ます・・・だからこそ表現するというのは怖いけれど挑み甲斐がありますな。

pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(0)

2016年01月17日

メタルロゴ日記 その背景にある美景!!編

20160106「メタリカ」「ブラック・サバス」・・・そのネーミングは勿論だけど、攻撃的で挑戦的なバンドロゴは一度見たら忘れられないインパクトを持っているわ。まずバンドメンバーの顔よりロゴを思い出す場合が殆どかも。

昔クラスメイトが、休み時間メタリカのロゴを書けると自慢げ気にノートに書いてくれたことがあったのよね。その鋭利なラインを感心して見ながら「やっぱりメタルバンドはロゴと同様攻撃的なのだ」という印象を持った事を思い出すわ。

メタルバンドのロゴを何千も収集しているデザイナーによると、スラッシュメタルの美を象徴するデザインの代表格として80年代に登場した「スレイヤー」を挙げているの。

角張ったアウトラインに文字と剣が交差した星形五角形という見事なバランス。アリス・クーパーの初期のアルバムでも滴が滴るようなフォントが用いられていたりと、これらのデザインはどこか薄気味悪く残虐なイメージを与えるわね…まず聴き手が一目見てその世界観を直感出来るという事が最も重要なのだから、このデザインは他のジャンルと一線を画したと言えるかも。

メタル音楽やそこから派生する多くのジャンルは破壊、誇り、独立といった理想を常に受け入れ、それを外部に発している。ロゴは単にオーディエンスに見てもらうのではなくこういった精神を反映したものであり音楽の独自性を維持するという表れなのだと関係者は語っていたわ。

黒、死、蜘蛛の巣、血の滴りなどの不気味なアイコンはメタルバンドのアイデンティティとして表現されるけれど、その根源に当たるのはやはり「ブラック・サバス」だそう…彼らのアルバムに使用された泡のようなロゴは幻覚のような雰囲気でどこかサイケデリック・・・その流れは今なお受け継がれているわ。

スラッシュメタルバンドは彼らの音楽的性質を反映し直線的で角の鋭いロゴ、デスメタルバンドは凶暴性や宗教や死に焦点を当てる傾向があるので、血や体の器官、手足や頭蓋骨を合体、ブラックメタルは反キリスト教の考えやオカルトや異教徒がルーツなので、左右対称、渦巻きや円を用いた華麗なものが多い…どのロゴもしっかり主張しつつその芸術性の高さには本当に驚かされるわ。

デザイン的にもゴシックや古い英国のフォントのような鋭い文字、最初と最後は中間よりも大きくする方がバランスが良いそうよ…バンド名も然りだけど、やはりバンドのロゴやカラーというのは非常に大事なものだわ。メンバーと同等のイメージや哲学を背負っているのですもの。自分のバンド時代その部分がきちんと定められなかったことを悔いているのだけど、中央に自分の顔を・・・いや、やらなくて良かったかも…ふふふ。

pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(6)

2016年01月15日

ジャミロクワイ日記 歌舞かないファンク魂編

20160105単体ではあるが、バンド・・・「ジャミロクワイ」…あくまでライブでは生音にこだわり新たな表現方法を模索する…そして独特のかぶり物とくれば、偶然ではあるけど自分がが目指す方向と似ているかもしれないと・・・。

「ジャミロクワイ」の音に初めて触れたのは今から二十年前ほど…”Virtual Insanity"のPVには衝撃を受けた人も多いのではないかしら。ボーカルのJay Kayのファー帽とジャージという独特なファッションはその音楽同様注目され真似る人が後を絶たなかったわね。

数年前に彼のデビュー20周年記念盤3タイトルがリリースされたけれど個人的に一番気に入っているのは1stアルバム『Emergency On Planet Earth』…ボーカルとしての声質はあまり好みではないけど気持ちの良い"間"がぐっとくる…いかにもイギリスっぽい香りがプンプンする楽曲は改めて聴いても格好良いわ。アシッド・ジャズというジャンルにおいて最も成功したグループと言われてるけどオリジナルメンバーはJay Kayだけという構成も実にユニークで潔い。

今作ではそのタイトル通り彼が長きに渡り訴え続ける環境問題や先住民族への思いがテーマになっており空っ風のようなクールさがあると思えばねっとりとした熱さがうまく融合されているの…パーカッションもさりげない存在感があって、ダンサンブルな中に匂い立つような土っぽさを演出してるわ。

同時期にリリースされた12インチバージョンも民族楽器を駆使した前衛的なバージョンになっていたりとJay Kayの描き出す世界は色とりどり・・・今後も歌舞くことのない、でも遊び心は決して失わない”J”ファンクに大盛り上がりよ!!

pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(4)

2015年12月24日

Ben Folds Five日記 Xmasはギターレス・ロックで!!編

20151212ピアノボーカル、ベース、ドラムという理想的なスリーピースで完結するバンド「Ben Folds Five」…その特異な編成とずば抜けた楽曲センス、パフォーマンスのレベルの高さで世界から注目され、日本のテレビドラマの劇中歌として彼らの曲が用いられたこともありその知名度は非常に高い。

彼らのファースト・アルバム「Ben Folds Five」とセカンド・アルバム「Whatever and Ever Amen」は10年以上経った今でもiPodの中でヘビロテ中…いつか彼らのカヴァーをやりたい、と言う気持ちは今も温存中なの。

後期のアルバムではホーンセクションが入ってゴージャスになったりしたけれど、やはりこの2枚のアルバムの無駄なものが一切無い骨太パワーは神レベルね。

ピアノボーカルのベンは、ピアノを弾くというよりピアノという楽器を使って様々なパートを創り出すと言う方が正しい。どうしてもピアノ1本で表現するとなると、ベースやリズムの部分もピアノで感じさせなくてはいけないのが常・・・しかし不思議とベンのピアノは変幻自在でシーン毎に役を変えて出てくるひとりの役者といった風情なのよ。

しかもその音は非常に個性的で時に無骨、時に繊細と実にお見事だわ。更にベースのロバートもベンに負けず個性派。曲中「ここから!?」と思えるような意外な部分からファズをかけたりBen Foldsワールドの屋台骨を飛び道具的に支えているのよ。ベーシストとしてここまで自由に表現出来るというのは彼自身の力量なのか、このユニットだからこそなのか、いやそのどちらでもあるからなのね。

そしてそんな変わり者2人をバランサーとして支えるドラムのダーレンは、大技はなくとも常に歌い続けている。この3人のコンビネーションの素晴らしさ・・・バンドとはかくありきと断言出来るわ。個人的にギターにさほど思い入れがないけれど、どうしてもへヴィに音を纏めようとするとギターを入れざるを得ないと思っていた頃、彼らの音に触れてギターレスでもここまで重厚に仕上げることが出来るのだとカルチャーショックを受けたのよね。

Ben Folds Fiveの世界観は決してポップなものではないし曲調は耳に残るキャッチーなものが多いという印象を受けるけれど、人間が成長する過程において経験する感情が余すところなく描かれているの…若さ故のレジスタンス、恋愛に於いてのゆらゆらとした淡さや重い傷・・・ありとあらゆるものがピアノの旋律にパッケージされている。

ファーストアルバムの1曲目の「Jakson Cannery」の格好良すぎるリフには即耳を奪われるけれど、12曲目「Boxing」の優しい調べとメロディラインの美しさは秀逸よ。冒頭をピアノで弾くだけで、なんともいえない切なさが込み上げてくるわ…よくぞここまで強力なラインナップを揃えられるものだ、とその才能とセンスには憎たらしさすら感じてしまう。

20年経ってもベンの生き様は新鮮なまま・・・プレイヤーの方には怒られてしまうけれど、楽器は所詮道具であり、音を通して発される魂こそが音楽として生き続けるのだなと思い知らされたわ。この三つ巴に拍手!!!ちょっとお洒落なXmasソングにどうかしら…フフ。

pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(0)

2015年12月22日

LIVING COLOUR日記 黒いツェッペリン編

20151211ファンクの要素が強いHR・・・そんな風に形容されるバンドとして思い浮かぶのは、やはり「LIVING COLOUR」かしら。

1990年に発表されたセカンド・アルバム「TIME'S UP」はファンキーさとプログレッシブさが程よく融合され、まさにアイディアの宝庫と呼ぶにふさわしい。

黒人4人で結成されたこのチーム…当時は”黒いツェッペリン”などと揶揄され、そのテクニックやセンス、個性は突出しているわ。ファンクはボトムがしっかりしている上でうわものが遊ぶというのが王道で、聴き心地としては軽めのものが多いと言う印象が強い。

彼らの背景には人種差別の枠を乗り越え、新たな時代を築いていこうとする気概が感じられるせいか実に説得力があるのよね…アルバム全体を聴いていくと、それぞれの曲のエンディングが自然と次の曲に繋がっていく様な演出が施されているわ。

勿論単体で聴いても完結しているのだけれどライブのような自然な流れについつい最後までフルで聴いてしまうという絶妙な演出がなされているのもさすが!!

個人的に最も気に入っているのは7曲目の「ELVIS IS DEAD」…タイトル通り「エルビスは死んだ」という曲なのだけど黒人が歌うという点がまずポイントのひとつになっているわ…シンプルな構成ながら実にファンキーで格好良い!!日本でこんな楽曲を発表しようものならごちゃごちゃ言われかねないけれど、この曲はプレスリーを旧体制に例えロックは黒人文化であると訴える前向きなメッセージでもあるのよ。

途中、様々な国の言葉で「エルビスは死んだ」と連呼する展開があり、この点でも彼らが音楽を通して壁を打ち破ろうとする決意が感じられる…日本代表として久保田利伸が参加しており、わざと無機質に発するメッセージはなかなか良い感じに仕上がっているわ。

すべての楽曲から流れ出る心地よさの裏に存在する”小気味よい皮肉”・・・笑顔でグルーブを感じさせながら、ほくそ笑む彼らの心情に触れた時、改めてその格好良さを思い知らされるに違いない…様々なカラーに変化する「LIVING COLOUR」…是非ご堪能あれ!!

pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(0)

2015年12月13日

レイチェル・ヤマガタ日記 爆音姫は失恋姫編

20151207今から10年以上前になるけれど、あるFM局が一押し新人と銘打ちヘビロテで流していた曲があるの…それを聴いた関係者が自分に「絶対好きだと思う!!」と音源を渡してくれたわ…それがレイチェル・ヤマガタのファーストアルバム「Happenstance」。

このアルバムは自分のコレクションの中でも思い出深い大切な1枚よ…アルバムジャケットには可愛らしい少女…しかし彼女から発せられる音は非常にダークでヘヴィ、そして乾燥した空気感というギャップにただただ驚かされたわ。

今なお神曲と呼ぶにふさわしい3曲目の「Letter Read」…出だしのピアノのリフは心臓を鷲づかみの格好良さ!!シンプルに繰り返されるAメロの部分は”ダーク・キャッチー”と名付けたいくらい、どんよりとしていながらずっと耳に残る…どんより感がサビに差し掛かると美しく展開し、そこには”救い”が生まれたわ。

レイチェルはこのアルバムでずっと恋をし、破れ、恨み節を唱えながらも客観的に自分を捉えている…音楽に於いて愛だ恋だというテーマは普遍のものだけれど彼女は恋の痛みや苦しみをすべて受け止めた上で咀嚼し、レイチェル濾過器を通して見事な酒の肴にしてしまっている気がするわ…決して甘いお菓子ではない、肴よ!!これが非常にグイグイ心に効いてくる訳だから日本で生やさしい恋愛ソングを聴いているお子ちゃま達には理解出来ないでしょう。

レイチェルのピアノとボーカルは実に秀逸なコンビネーションで、彼女が歌わない部分をピアノが歌い続けているという感じがする。このルックスから想像出来ない、塩梅の良いハスキーボイス…これも彼女最大の武器と言えるわ。

1曲目の「be Be Your Love」では報われない切なさを2曲目の「Worn Me Down」では勝ち目のない三角関係に疲れ、そして「Letter・・・」で恨み節と感性のアンテナはフル稼働!こんな風に己の恋愛史を描けるのだとしたら、ラブソングを作るのも悪くないわね。

彼女は以前シカゴのバンド・パンプスに参加した時、アンプから吐き出される爆音に負けじと自分のボーカルのスキルを磨いたそう。自分自身もボーカルを始めた時全く同じ経験をしてきたので他人とは思えないのよね。

自分に正直な人だからこそ、これほどまでに生々しく美しい作品が生まれてくるのは当然のことかもしれない…BGM代わりに流していても気付けばこの音と真剣に向き合ってしまう・・・そんな気の抜けないアルバム、是非ご一聴あれ!!

pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(0)

2015年12月09日

石井妥師日記 ロゴス無き音楽業界に現れし・・・編

20151205日本人のベーシストで特異な存在といえば、真っ先に石井妥師氏を挙げるわね…数々のアーティストへの楽曲提供やサポートでも評価が高いけれど、やはりその卓越したセンスとベースプレイは日本代表選手と言える。

CMソングやユニットで彼の音は聴いていたけれど今から15年以上前に深夜に放送されていたアニメ「Hellsing」で彼の音を聴いた時は衝撃を受けたわ…作品自体には正直全く興味が無かったけれど、そのオープニングで耳が釘付け!!…ボーカルは奥まったミックスになっていて歌詞はテロップに表示されず、ただ印象深い鍵盤のリフと後半の歪んだギターに様々な音色が絡んでいく。

指して大きな展開は無くループのようなリフに蕩々と流れゆくといった風情ではあるものの、芯のベースラインが強靱という絶妙なバランスで成り立っているの。英詩であるにも関わらずわざと日本語的発音で、歌より曲の世界観を存分に聴かせるという手法に当時は驚かされてしまった…それが「ロゴス無きワールド」という作品だったのよ。

オープニングが素晴らしいアニメは面白い、という持論を持つ自分は劇中の彼の楽曲を聴きたいが為に毎週「Hellsing」を見る様になったのだけれど予感は見事的中。

物語は吸血鬼と教会、それらから派生する戦いを描いたストーリーで陰鬱とした内容に石井氏の編み出す一見カサカサでありながらねっとりとした音がはまって今なお根強いファンを持つ作品よ。

アニメのサントラは単体で聴くとどこか事務的に構成されていたり尺を考えたものが多い気がするけれど2001年リリースのオリジナルサウンドトラック「RAID 糾襲」…翌年にリリースされた「RUINS 吠虚」はそれぞれが見事なコンセプトアルバムと言って良いほど個々の楽曲の質は高い。

残念な事に音質は今ひとつなのだけれど石井氏の世界観を表現するにはこの方がより”らしい”気がするわ…挿入歌の歌詞も実にシニカルでツボを突かれるし、より一層「Hellsing」の世界を濃厚なものに仕上げている。

発売日当日は売り切れになっていたり、地下鉄で会った男性のヘッドホンからこの曲が聴こえてきたりと密かな話題作になっていたのよね…このセンスの良さは一体どこから・・・でも彼の真面目な音への取り組みを十分に感じる事が出来るわ。

一時期は音楽業界を離れていらしたようでブログで楽曲を発表されたり最近はリトアニア公演などもされていたりと音楽活動はされているみたいでひと安心…個人的には一度お手合わせ頂きたいと思っているのだけど、いかがでしょうか?・・・ふふ。


pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(0)

2015年11月22日

Tribe Of Gypsies日記 ミドルで攻めろ!!編

20151111とにもかくにも「格好いい!!」と唸らされたバンドの中でも「Tribe Of Gypsies 」は別格…元々ジプシーは自分達のアイデンティティーをそれぞれの国の文化と融合させるのを得意とするけれど、このバンド名そのままに見事なラテンとHRが融合したサウンドになっているわ。

メタル・ゴッドの異名を持つ実力派コンポーザーでありギタリストであるROY-Z率いるこの強力グループは人間の血を沸き立たせる音作りに長けているだけでなく、非常にキャッチーな一面もあり驚かされる。

どうしてもラテンとロックの担い手としてサンタナと比較されがちだけど、時に叙情的に時にカジュアルに攻めてくるギターは非常に心地良いわ。個人的にはさほどギター好きでは無いけれど、ROY-Zのギターはついつい耳で追ってしまう程の心地よさがあるのよね。

初期のアルバム「Tribe Of Gypsies」と「Nathing Lasts Forever」は今でもお気に入りの2枚…気分が乗らないときや落ち込んだ時には必ず処方するようにしているわ。彼らの音を耳にすると集中力が呼び戻されるだけで無く、自分の中にある情熱のスイッチが入るの!!・・・これはやはりジプシー魂のなせる業なのかも。

以前ライブでファーストアルバムの7曲目「Party」という曲をカヴァーしたことがあるのだけど、とにかく盛り上がったのを覚えている…タイトル通り、音が出た瞬間から人を高揚させる構成は単純ながら見事で、お祭り騒ぎの得意なジプシー達の姿が目に浮かぶようよ。

それ以外にも2曲目「In The Middle」など、これまた難しいミドルテンポで”グッ”とくる大人のアプローチを仕掛けてくるのは心憎いとしか言い様が無いわ…こういったテンポの曲を演奏しようとすると若いミュジシャンなどでは”間”が待てずつまらないものになりがちだけど、そこは酸いも甘いも極めた熟練者・・・非常に酔わせてもらえるのよね。

更に興味深い事に彼らの歌詞の世界は「情熱的な愛」がテーマだそう…古くからのジプシーの曲のテーマも殆どが恋愛を歌ったものが多いし、これは伝統なのかしら。

アルバムの中には「俺は炎でお前は雨」なんていう歌詞もあったりして普通なら痛々しささえ感じそうだけど、彼らが歌い上げれば不快どころか更に欲してしまう・・・これもミドルの攻めが活きているからなのね。

人間誰しも心の奥底に情熱は眠っている…なかなかその部分をさらけ出すのは気恥ずかしい事かもしれないけれどジプシー達に委ねることが出来たらきっと・・・素敵な”ミドル”になっている、はず?

pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(0)

2015年11月15日

タック&パティ日記 完全なる二人、完全なる二音編

20151108ギターとボーカル・・・もしくはどちらか一方だけでも音楽は成立するけれど、表現をするという事に於いて無駄な装飾は一切必要ないという事を思い知らされたのはアメリカのジャズ・デュオ夫婦「タック&パティ」に出会ってから。

彼らの音に初めて触れたのは1991年に発表された「Dream」というアルバムなのだけど、タイトル曲でもある1曲目「Dream」が流れ出した瞬間大きなショックを受けたわ。

当時自分はHRやFunkばかりを好んで聴いておりジャズは仕事用、ぐらいの認識しか無かったのよ。どんなエフェクターやアンプを使えば自分好みのヘヴィなギターサウンドが創れるかばかりを試行錯誤していた頃だったのでギターのタックの繊細で優しい調べに完全ノックダウン。

音は様々なものを重ねたりエフェクトをかけたりして変化させる事が出来るけれど、それらをすべて取り払いシンプルにプレイする事で根底にあるものを表現出来るのだ・・・と痛感させられたのよ。

個人的にギタープレイ云々という事は好まないけれど暖かな体温の様な優しい調べはゆっくりと心に浸透してくる。そしてボーカルのパティの大地の如き低音の美しさは母性そのもの…最小限の音から湧き出てくる大きな愛・・・時に優しく、時に力強く聴き手を包み込んでいくわ。

タイトル通り1枚を通して夢見心地になってしまう…他にも彼らが愛するカバー曲が数曲収録されており、中でも「high Heel Blues」はパティの独壇場で感動、の一言に尽きる。音が活き活きとした表情を見せ、その水面下で抜群のグルーブ感がゆったりと流れているのよ。

当たり前の事だけれどボーカリストがアカペラで表現をする際はリズムやグルーブを感じさせるわよね。音が二次元になってしまうのもピッチで縛られるのも歌い手としては失格…パティの染み入る声質は神から与えられた贈り物かもしれないけれど、それを存分に活かして”生かしている”才能と努力にただただ感服としか言いようがないわ…勿論タックのギターも彼女同様に生きており愛する者同士共鳴しあっているのがよくわかる

二人が音を通して惹かれ合ったのも当然ね。

自分の経験からプレイヤー同士音を紡ぐというのはある意味夫婦を超えた深い絆が生まれる事と同じ・・・だからこそ共鳴しあえば”間”も理解出来るし、お互いの手の内が見えてくるもの。なかなかタックとパティの域まで到達することは出来ないにせよ、その点を大切にプレイしていきたいものだわ・・・しかしながらこの完全なる二人、いや完全なる二音、未体験の方は是非秋の夜長にお試しあれ!!

pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(0)

2015年11月11日

キザイア・ジョーンズ日記 バスカー魂は健在!!編

20151106あれは確か23年ほど前のこと…イギリスから帰る飛行機の中で衝撃的なサウンドに出会ってしまった・・・それがキザイア・ジョーンズだったのよ!!

彼はその頃、ファースト「Blufunk Is A Fact」をリリースしたばかりで帰国してすぐレコード店に音源を買いに走ったけれど日本では未入荷という有様・・・ようやくアルバムを手にした時は嬉しくて家に走り戻った事を今でもよく覚えている。しかも初来日のチケットも即入手でき、その比類なき圧巻のライブパフォーマンスに打ち震えてしまったわ。

それから間もなく彼と同じハコで自分のライブが決定したときは、感慨深い気分になったものよ。それほどまでに自分が”ファン”だと公言できるアーティスト、キザイアはナイジェリアの資産家のご子息。

イギリスのパブリックスクールに留学したものの親の意思に反してミュージシャンとなり、ロンドンの地下鉄で演奏をする”バスカー”として活動中、その才能が開花したという経歴の持ち主なの。

音はその人の人生を反映させるものだけど、キザイアのサウンドには鼻持ちならない臭さは全く無く、芯の強さの中に息づく小粋なグルーブと彼自身の持つふんわりとした優しさが耳を通して伝わって来るわ。彼の超絶ギタープレイは勿論、そのボーカルと洗練された楽曲のセンスには唸らされる。

特にファーストアルバムの完成度の高さは圧聴と言うべきか・・・1曲目の「Wisdom Behind The Smile」の1音目のドラム、間髪入れずそれに続くギターのカッティングの妙は20年以上経った今でも色褪せず、グッとくるわ。

キザイアが生みだしたブルースとファンクを融合させた”ブルーファンク”・・・その言葉通り、人間が生まれながらにして持つ波動をリズムとして様々なツボを突いてくるのよ。かと思えば、12曲目の「Pleasure Is Kisses Within」のようにメロディーラインの美しさが際立つシンプルでメロウな楽曲があったりと、あっという間に1枚聴きこんでしまう。

生きて行く為のお金、葛藤からの解放、密やかな恋・・・時折皮肉を交えたりして、キザイアがただの裕福なお坊ちゃまなのではなく、生きること、楽しむことに貪欲な人であるというのが窺えて心地良いのよね。

奇しくも今年の4月に来日していたという情報を逃し、熟したブルーファンクを体感することは出来なかったけれど、これまた会場が自分がグループで行った最後のライブ場所だったことも偶然の一致というべきか・・・。

人間は年を追う毎に自分のルーツに還っていくけれど、最近のキザイアも都会的な音から自身の故郷の土着的な音に変貌を遂げて行っている気がする…そしてまた新たなブルー・ファンクが生まれるのかもしれないわね。とにかく今後も彼から目・・・いや耳が離せないわ!

pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(4)

2015年10月20日

Betty Davis日記 ダイナマイト・ファンカデリック・レディ!!編

20151009「Betty Davis」…彼女の声と”出会ってしまった”のは今から十数年前にもなるだろうか…当時知り合いだったドラマーが自分のライブを見てくれた数日後、自身のレコードコレクションから1枚のLPをプレゼントしてくれたのがキッカケだったわ。

「あなたのライブを見て、このアーティストが重なった」といって手渡されたのがBetty Davisベスト盤だったのよ。

この頃自分のバンドはある雑誌社の記者が”ヘヴィ・ファンク”と銘打ち、本人達はさほど自覚は無けれどヘヴィな楽曲のスタイルにファンク的なアプローチのボーカルを融合させることでひとつの方向性を示していたの。

その矢先にこのアルバムを頂いたことで、やはり自分の根底にファンクがあるのだと再認識したわ。美しいアフロの女性が男性達に抱えられ笑顔のジャケット・・・まずその70年代ギラギラ・ファッションのビジュアルに惹きつけられ、針を落とした瞬間、人生の中で3本の指に入るほどの衝撃的な声が・・・!!

文字にするなら「ッグゥアッガアックゥ」みたいな発声と表現すべきだろうか。とにもかくにも黒くて野太く、耳から全神経を冒す超粘着ダイナマイト・ボイス。セクシー且つ唯一無二の格好良さ。これまで自分のボーカルは例える人がいないと言われてきたけれど、Bettyを彷彿とさせると指摘されたのは何とも光栄な事だわ。

BettyDavisに関する資料は少なく、Miles Davisの奥方で元モデル…Jimi HendrixとMiles Davisを引き合わせたのも彼女で、その後Jimiとの浮気騒動も有名な話なんだとか。Bettyの才能は留まるところを知らず、ご主人との共演は勿論、Graham Central StationのLarry Grahamをはじめ、Sly & the Family Stone、Tower of Power等々蒼々たるメンバーが集結し数少ない伝説的アルバムをリリースしたのよ。

今でこそようやく彼女のアルバムを手にする事が可能になったけれど、ベスト盤を頂いてから探しても他の音源を手に入れるのは困難で、ようやく知り合いのレコード店でLPを2枚入手出来たあの喜び・・・今では懐かしい思い出だわ。

音に関して語ることは殆ど無し…ほぼセッション状態とも言える自由な格好良さは、聴いて頂く方が早いとしか言い様が無いわね。その存在感、その重厚感…ボーカルたるもの常にこうありたいもの。Bettyが発するボーカルは例え下世話な歌詞であったとしても『玉座に御座します』という絶対的な孤高の域よ。

どんな一流のミュージシャンが共演してもファンカデリック・クイーンを祀る家臣にしか過ぎない…一度聴いたら圧聴…聴き続けると毒となり暫くするとまた欲しくなるBetty・・・未体験のあなたは損してるわよ!!

pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(0)

2015年10月17日

ゴッドファーザー日記4 ついに上陸!!シネマコンサート編

20151008

以前からピックアップしている海外シネマコンサート…いつになったら日本で開催されるのかと首を長くして待っていたところ10月に国際フォーラムで行われると聞いて即チケット購入よ!!

日本初コンサートは「The Godfather Live2015」…そうあの名作「ゴッドファーザー」だなんて嬉しい限りだわ…さほど大きな宣伝はされていなかったにも関わらずチケット販売は好調。

1階の前から6列目という指揮者がよく見える席を取ることが出来て期待は膨らむばかりよ…当日はホールAのステージにスクリーンが鎮座し、東京フィルハーモニー交響楽団が60人編成で登場…指揮者は昨年イギリスのロイヤル・アルバート・ホールでも指揮を務めたジャスティン・フリーアが担当しクラシックコンサートらしい雰囲気で幕が上がったわ。

さてさて、ここで最も興味があることは、どうやって映像と生演奏を数秒違わずにシンクロさせるのかということね。指揮者はどうやってそのタイミングを奏者に伝えるのか・・・とじっと手元を見ていたら、演奏する1小節前からモニターには大きな円が点滅しテンポを計っていたの。

そして赤いラインが出ると場面展開、黄色のラインが出ると演奏スタートという表示だということが理解出来たわ。しかしながら指揮者が導くとはいえ呼吸すらコントロールされているのかと思うほどの正確さ・・・当然のことではあるけれど、プロフェッショナルとはかくありきと改めて思い知らされたわよ。

映画は皆さんもご存じのシリーズpart1の上映で、マーロン・ブランド演じるドン・コルレオーネの娘の結婚式から始まり、抗争、裏切り、息子マイケルが次のドンを引き継ぐまでの人間ドラマだけど、想像していたよりも劇伴の部分は少なかった気がする…それはつまり、どれだけ音楽が効果的に用いられていたのか、どれだけ本編に集中させられていたかという証明なのよね。

後半ではあの有名なテーマ曲が様々なシーンでアレンジされ、物語の緩急を表現していたわ。映像にはセリフ、効果音、又劇中に効果として流れる音楽もある訳だけど、生演奏にも関わらずそのバランスは超完璧…映像から流れ出る音なのか生なのかさえ判断がし辛いシーンもあり、その一体感たるや鳥肌ものよ。普段PAを通してアウトプットという方式しか経験の無い自分にとって、この絶妙なバランスは神懸かりとしか言い様が無かったわ。

終了後は鳴り止まぬ拍手の中、指揮者がにっこりと微笑み退場・・・当然のことながら日本初のシネマコンサートは大成功。久々にこんな楽しいライブを堪能できて大満足よ!! ちょっと残念だったのが映像はリマスターなんだけどプロジェクターの性能が悪いのかリマスターの良さ(暗い部分の深み他)が出てなかった…次回はこの点を改善して頂きたいわ。

スタイリングはTシャツにパンツスタイルでのライブも良いけれど、ヘッドドレスにクラッチバックで行くライブもなかなか良いものよね。次なるコンサートには「バック・トゥー・ザ・フューチャー」が控えているけれど、個人的にはやはり「STAR TREK」を開催して欲しい!!その時は中央でスキャットさせてもらおうかしら・・・ふふふ。

pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(2)