2016年09月12日

目黒雅叙園日記 百段階段の先には・・・編

20160906幼い頃からよく利用していた目黒雅叙園。

リニューアルしてから毎週のようにお食事会で利用していたものの、歴史的な「百段階段」を訪れたのは少なく最も記憶に新しいのは辻村寿三郎氏の展覧会かも…最近機会がありガイド付き見学会に参加してみたのだけど非常に興味深い発見があったわ。

元々雅叙園は1931年に創業者である細川力蔵が”庶民も楽しめる料亭と浴場”をコンセプトに造り上げた施設で伝統的な手法を用いた日本画、彫刻、国内外から集められた銘木に手の込んだ建具とその豪華絢爛な内装は「昭和の竜宮城」と謳われたほど…今では「百段階段」と晴れやかな宴が行われた7部屋だけが唯一現存する木造建築であり東京都の有形文化財に認定されたのよ。

普段は何かしらイベントが行われているので素の状態を見られるのは貴重よ…豪華な螺鈿アートに囲まれたエレベーターを降り、いよいよ・・・というところで、何とも味も素っ気も無い会議室の様な入口に到着。これから非日常的空間に足を踏み入れるのに、と不満を抱いていると、目の前に百段階段が登場・・・!

階段は敢えて頂上が見えない様湾曲に設計され登る人が疲れを感じさせない工夫が凝らされていたの。これこそ、おもてなしの精神よね…6室それぞれに特徴があり、どの部屋にも天井や欄間に作家達の力作が大胆に配置されていたわ。

最初に訪れた「十畝の間」は四季の花や鳥が描かれていて前室は割とカラフルで可憐、本間はシックな黒を主とした色合いで落ち着いた雰囲気…照明もモダンなデザインで素敵だけれどメインで飾られている十等身美人画の掛け軸の扱いが今ひとつ・・・と気になってしまった。20160905

そして次は誰もが息を呑む絢爛豪華な「魚礁の間」…天井には彩色木彫りの四季の花々、欄干には公家の四季の行事の様子、そして床柱には中国の魚礁問答と、その超絶技巧とも言える木彫りと美しい彩色、土台には純金箔が施されるなど、そのゴージャスさは今なお健在よ。見学者からは溜息があがっていたけれど個人的には別の溜息・・・。

数人のアーティストが手掛ける際はテーマ、世界観を統一するのが常…折角技術や彩色は見事であっても、ただけばけばしさしか印象に残らないのよね…これはアーティスト側の問題ではなくオファーした側の責任であると思いたいわ。この部屋ではかつて披露宴が行われていたけれど次第にその数は激減・・・その理由は美人が多く描かれているから、とガイドさんがネタ的に話してくれたけれど、この様にガチャガチャしているだけでなく全面に”欲”を打ち出しているような部屋では新郎新婦も落ち着かなくて当然だったでしょう…美しい空間ではあるけれどどこか空々しい印象が残ってしまい、残念ね。

次の「草丘の間」は自然が大胆に描かれ少し落ち着いたわ…元軍人の作家が描いただけに色合いがカモフラージュ柄らしいものばかりで微笑んでしまったわよ。他にも後に社長室として使われた「星光の間」では四季の花や虫、果物が描かれているのだけど、他の作品と大きく異なっていたのは最近描いたかの様な彩色の美しさ!!…作品を手掛けた板倉星光はかなりのお金持ちで、絵の具をイタリアから取り寄せていたんですって…これだけ長い時間が経ち修復必須な作品が多い中、財力を持つ者は後世に作品を残せるという・・・何とも皮肉なお話ね。

どの作品もひとつひとつは素晴らしいし歴史的に残すべきものも多い…しかしながら全体を通して見ていくと俗物的な匂いは拭いされないわ。更に付け加えさせて頂くと階段についた数字のカウントがボロボロだったり欄干の奥や什器に埃がかぶっていたりと管理の甘さが目についてしまう…しかも襖絵の保存が悪く処分した・・・などあるまじき現状も語られるという始末。

江戸時代から受け継がれた職人技術と伝統・・・細川氏が追い求めた芸術への渇望は時代と共に変化していってしまったのかもしれない。こうしてみると目黒という土地には何かいわくがありそう・・・行人坂と大円寺、日本初のあのファッションホテル、そしてこの雅叙園が同じ線上に存在することの意味が何となく理解出来たような気がするわ。

昨年の森トラストによる買収の件にせよ、どこか色と欲を切り離せない気がして残念…管理する側がもう少しだけ作品に愛情を持つことが出来たら途端に作品達は息を吹き返し輝き出すのかもしれない…アーティスト達のそんな切なる思いが百段階段の奥から聞こえてくるよう・・・そういった戒めの意味も込め、後世に残してもらいたいわ。


pipopipotv at 00:00│Comments(0) アート 

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