2016年01月25日

鴨居玲日記1 繊細な死の貴公子編

20160109

電車の中でゆらゆらと揺れる広告…そこに描かれた鮮烈な絵のエネルギーに思わず振り返ってしまった…広告は東京ステーションギャラリーで開催される画家、鴨居玲の個展の紹介…初めて見るその絵の深淵のような深さ、重さに魅入られてしまったわ。

非常に残念な事にスケジュールが合わず作品達に会いに行くことが出来なかったのだけど小山田二郎の作品と対峙した時同様自分との共通点を見出してしまった…鴨居玲は革新的な下着デザイナー鴨居洋子を姉に持ち、その美麗なルックスからは想像出来ないほど大胆且つ繊細な作品を残し自殺している。

作品を見ていると後期は自画像が多く、そのテーマから自らの命を絶つのは当然と納得させられる…1982年の作品「1982年 私」では、画家として認められつつも描き続けることへの恐怖と葛藤が描かれ、白いキャンバスの周りを過去の様々なモチーフである人物達が亡霊のように取り囲み、彼を覗き込んだりしているの。下手をすると取り込まれ引き摺られてしまう・・・見ている側の精神状態によっては大変な事になりかねない。

よく同人作家の人がイベント前に「白い原稿」などと自分の作業の遅延を自虐的に書いたりしているのを見かけると、これは大変腹が立つわ…鴨居はプロとして葛藤はしているけれど、その自虐的な部分を作品として見事に白いキャンバスで表現しているのよ。

比較したら彼に失礼だけど、臓物を引きずり出されるような痛みと重さ・・・この苦しみを投影出来るからこそ、鴨居は画家なのだと思い知らされる…彼は生前「絵は私にとって苦悩そのものです」と、語った事があるそうだけど言葉の重みも然り。

ただ本能のまま、がむしゃらに自分の表現をアウトプットしたとしてもビジネスとなればまた別の話・・・鴨居はあまりにも正直で真っ直ぐだったが故に今生を去ったのであろう。妻の留学をきっかけに南米で絵を描くことになった彼は、その陽気さや熱さに身を委ねること無く「こんな悩まぬ土地では絵は描けぬ」と日本に戻ったというエピソードがあり、この点も非常に納得がいく。

苦痛や悲哀から這い上がってくる鋭利な感覚をキャンバスに刻む事こそが彼の”表現”だったのだのではないか・・・だからこそこれほどの作品を残せたのでは無いかと痛感してしまうわ。

人間は表裏一体。

本当に明るく楽しいものを知る人は反対側の暗い闇を知っている…だからこそ鴨居の絵には暗さや重さというより生命力が満ちあふれているのよ…とにかく参りました!!彼の作品については、改めて別の機会にご紹介させて下さいね。

pipopipotv at 00:00│Comments(0) アート 

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