2015年06月12日

斎樹真琴日記 地獄番、鬼蜘蛛日誌編

20150609斎樹真琴著「地獄番 鬼蜘蛛日誌」…以前ブログ友達のShovさんが紹介されていたのがきっかけで読んだのだけど、実にタイトル負けしない重厚な内容だったわ。丁度自分に迷いがある時期にこの本と出会ったので、心を抉られ大きな穴を開けられたという印象が今も強く残っている。

物語は地獄に堕ちてしまった女郎が鬼蜘蛛になり、閻魔から鬼の御用聞きと地獄の見回り、そして日誌を書くという仕事を命ぜられるところから始まるの。地獄に棲む恐ろしい鬼が罪人に責め苦を味あわせる、というのが通常の地獄の描き方だけど、この作品では鬼はもとから地獄に存在していたのではなく、恨みを持った人間が地獄で復讐する相手を痛めつける為に鬼と化したという設定になっており、実に新鮮。

“賽(さい)の河原"にいる鬼は生前徳の高かった僧侶で、彼らは自分たちの説法を聞かず信心しなかった人間を恨んで石を積ませ続け、"なます地獄"の鬼は生前醜かったばかりに美しい者を恨む嫉妬の塊のような人間で、地獄で彼らの皮膚を剥がし目をくりぬき己の体に縫い付けているという有り様。

この地獄は人間の自分勝手な欲深さが理由で成り立っているので、恐ろしさよりむしろ親近感が先行するの。裁く側と裁かれる側には分かれていても、罪人も鬼も救いを求めるという点は同じ。閻魔大王でさえも威厳というより彼らを監督する管理職のように思えてくる。この斬新なアイディアにはただただ驚かされると同時に、著者の宗教観が垣間見えて興味深いわ。鬼蜘蛛自身もこのどす黒い世界に人間臭さを感じると同時に、神仏に対しての疑問が湧き上がり『神仏は人間に責任を押し付けるのでなく、生きて行けると思える何かを人間が間違いを犯す前に与えたらどうなのだ』と閻魔に食ってかかるの。

神仏はその"何か"を見つけるように彼女に言い残し去るのだけど、この2人の禅問答が実にテンポが良くそして深く"生きる事の強さと儚さ"がぐっと伝わってきたわ。母に売られ女郎になった女が誰にも頼らず1人で生き、そして死に、蜘蛛となった今は地獄を駆けずり回っている・・・皮肉な事に鬼蜘蛛になった今、己が最も欲していたのは愛情だという事に気付くのだけど、彼女が感じている愛は人間に対してだけでなく宇宙に至るまでの大きなものだったのよ。

体を売り、口汚く振る舞い、感情を露わにして周囲を振り回してきた女郎・・・しかし彼女は非常に正直な人間であり、人間だろうが閻魔だろうが関係なく自分の信念を貫いている。もしかしたら彼女が地獄に於いて最も天上界に最も近い人間だったに違いない。

最後のページでは鬼蜘蛛の報告、そして彼女に対しての牛頭、閻魔大王の記述が残されているのだけど、まるで映画を見ているような構成になっているのもお見事よ。ただひとつホッとするのは、インデックスがどこかで聞いたタイトルをもじっている点かしら。この絶妙なコミカルさも著者のセンスの良さと言えるわ。

人間は生きている間は常に愚行の繰り返し・・・どこで自分の過ちに気付くかが今後の人生に影響してくるのかもしれない。この本を読んで、果たして自分がどのキャラクターに当てはまるのか客観視してみると次のステップが見えてくるかもしれないわ。解脱の道は・・・まだまだ遠そうね。

pipopipotv at 00:00│Comments(0) ご本 

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