2015年04月25日

セッション日記1 闘心からの感性編

20150417公開を待ち望む映画は多々あれど今週から日本公開「セッション(原題Whiplash)」は1秒でも早く見たかった作品よ…サンダンス国際映画祭で絶賛されその後米アカデミー賞を含め名だたる映画祭でノミネート及び受賞で凄い映画が話題をさらってる・・・という情報だけが先行。

監督・脚本はデミアン・チャゼル…予告編でスキンヘッドのJ・K・シモンズが鬼の様な形相で若いドラマーを指導する様子が狂気的で一体どんなストーリーなのだろうと気になって仕方が無かったわ。

念願叶って遂に見る事が出来たのだけど、恥ずかしながらこの歳になるまで劇場で号泣したことの無い自分がエンドロールまで嗚咽をもらす状況に・・・。

そんなに感動したの!?・・・と聞かれたら恐らく自分もシモンズ氏の如く目を見開いて怒り出すに違いない。とにもかくにも今作は自分の思い、考え、生きてきた事全てが凝縮されており、他者と共有出来ない感覚を共有出来たという悦びや畏怖、様々な感情が自分の細胞を貫いていったわ。

見終わった後は、今の自分が果たして自分の思う様に生きているのだろうかという審判を受けたようで羞恥心が残る。

物語は全米一の音楽学校に通う19歳のジャズドラマー、ネイマンが、シモンズ演じる校内最高の指揮者フレッチャーに声をかけられ彼のスタジオバンドに入るの。バディ・リッチの様な素晴らしいドラマーになりたいと努力を続けてきたネイマンは、この最大のチャンスに有頂天に…しかし初めてのバンド練習で、フレッチャーの常軌を逸した指導に度肝を抜かれてしまう。

自分の音・自分のバンドに対して完璧さを求める彼はそれを阻害する要因をすべて排除し、怒声を浴びせ、ものを投げ、遂にネイマンもその洗礼を受けることに。理不尽な暴力を受けながらも何とかメインドラマーの地位を得たネイマン…重要なコンベンションの当日、彼は度重なるアクシデントにより遅刻してしまう。そして最悪なことに事故に遭い血まみれのままステージへ。

演奏は当然ながら散々たる状態、そしてこの騒動が原因でネイマンは退学を余儀なくされ、フレッチャーの運命も大きく変わることとなる。

そしてこの後、2人の第二幕の幕が切って落とされたわ…驚くべき結末を迎えるストーリーは神懸かっているとしか言いようがないし、何よりJ・K・シモンズの熱演は悪魔と契約したのか!?と思うほどの怪演よ。

ひとつの事と向き合い、一生続けていこうと思うだけでなく覚悟を決めた人でなければここまでの作品は作れないし、演者たちがそういったものづくりの魂の部分を理解出来ていなければ完成しなかった・・・感動を通り越して恐ろしいわ。

物語半ばでネイマンが家族に音楽で生きていくことを理解してもらえず孤立し、友も恋人も自分の生き様には不必要であると辛い決断をする部分があるのだけど、一言一句まで自分の姿そのものだったのが更に恐ろしかった。でも残念な事に自分にはネイマンの持つ芯の強さが足りない・・・その点も思い知らされ打ちのめされたわ。

そして印象的だったのは、フレッチャーがネイマンに向上していこうという者に対して言ってはいけないのは『Good Job』という言葉だというシーン…この点に於いても、自分が常日頃から言い続けていたことだったので真意がよく理解出来た。

しかしながらフレッチャーの己の音を極めたい、妥協しないという姿勢、ネイマンが最高のドラマーを目指そうという執念、共に目指すものは同じ。彼らは似たもの同士であり、傷つけ合うことで共有し合う唯一無二の同胞なのだということが物語を通して良く分かる。そういう意味合いでも「セッション」なのよ。

闘心は己を高める養分であり、この感情無くして人間は成長しない。今作を音楽映画だと思っている方が多いようだけれど、これは明らかにこれは”ダーク・ファンタジー”…音楽はあくまで背景であって、人間としていかに闘い生き抜くのかということを問われる作品であると認識すべきかも・・・。

1999年「アメリカン・ビュティー」同様「セッション」に出会い見る機会を得られたことに本当に感謝したい・・・ただその一言に尽きるわ。


pipopipotv at 00:00│Comments(0) 映画&TV 

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