2015年03月16日

小山田二郎日記 美しき異形編

20150313「あなたの持つ世界観に酷似している画家がいる」・・・そんな風に誘われて訪れた、2006年小山田二郎氏の個展…連れ立ってくれたのは私を最も深く理解してくれていた友人で、会場に入るなり2人とも無言で作品を貪るように見入ってしまった。

ファースト・コンタクトの衝撃は今でもはっきり覚えているわ…小山田二郎氏は生まれつき顔に重い障害を持ちながら、その研ぎ澄まされた感性で人間の陰の部分を時に攻撃的、時に滑稽に表現してきた画家なの。

自らの容姿を忌みながらも敢えてその負の感情をに昇華させていく・・・その零れ出すようなエネルギーと惑う事なき生き様は、彼の作品と向かい合うすべての人間を捉えて放さないわ。小山田氏が生誕して去年で丁度100年・・・!!戦後の日本にこんなアーティストが存在していたとは、日本人として非常に誇らしい気持ちでいっぱいよ。

一見すると色遣いは重々しく暗いし、どの作品にもグロテスクで恐ろしい異形のものが息づいている。だけど不思議なことにおどろおどろしさは全く無く、鼓動や温度が感じられるほどに人間臭くて、愛嬌さえ感じるのよ。当時の個展で目をひいたものは多々あれど、小山田氏の作品には欠かせない「鳥女」のモチーフにはひれ伏すしか無いほどの絶対的な力が存在していたわ。

「鳥女」は彼の夢に悉く登場しては恐怖を与えるそうなのだけれど、解釈によっては小山田氏自身を投影させているのかもしれないという気がしてならない。鋭い目にくちばし、真っ赤な羽という異形でありながらその姿は気高く、彼そのもの・・・。

他に印象深かったのは、残念ながらタイトルを忘れてしまったけれど、工場から赤々と燃え上がる炎が夜空を照らす様を描いた作品ね。決して派手な作品では無いのに、気になって仕方が無いのよ。その前に立つと自然と炎の熱さを感じてしまい、視覚から臭覚、聴覚に至るまで何度もリピートさせられてしまう。小山田氏の筆遣いはとにかくダイナミックで、何度も何度も筆を運んだあとから「見ろ、偽善者め!悔しかったら思うとおりに生きてみろ!」という声が聞こえてきて、私達の内面にあるものを見透かしてしまう。

彼は生涯こうしてままならぬ憤りや哀しみをキャンバスに叩き付け表現してきたのかもしれない。そう考えると自分自身も、音楽という手段で彼と近い部分を表現していきたいと思っているのだと確信したわ。自分の思う様に生きるということは非常に困難なこと・・・しかしその部分を見失って生きる事に果たして意味があるだろうか?年を重ねていくにつれ、その思いは強くなってきた気がするのだけど、改めて小山田氏の作品を体感しその答えを確認したいと思うわ。

画像は「ピエタ」…一般的には十字架から降ろされたキリストを抱くマリアの絵や彫刻を指すけれどイタリア語で「哀れみ・慈悲」を表すの…この慈悲深いマリアの眼差しにあなたは己の何を見い出すかしら・・・?

pipopipotv at 00:00│Comments(0) アート 

コメントする

名前
 
  絵文字