子連れ狼日記4 不滅の父と子シーズン3前編言ってはいけない言葉日記 草食量産の原因…!?編

2013年09月16日

子連れ狼日記5 不滅の父と子シーズン3後編

20130912阿部頼母…別名"阿部怪異”…その醜悪なルックスは一見しただけで忘れられないし、利己主義でずる賢く、しかしユーモラスな行動は子供そのもの。

一刀と烈堂を陥れようと画策するも、最期は烈堂の策にはまり切腹する事になるの。毒薬を使って人を死に追い込んでおきながら自分の死を恐れ、自分が愛した女達に縋り、「死にたくなーい」と泣きわめく姿は実に人間らしい。

不思議なことに頼母の周囲にいる女性達は皆、醜悪な彼を愛しその命まで差し出したのよ・・・これってきっと頼母にとって女達はこの世で唯一信じられる存在であり、誠心誠意彼女達に愛を捧げてきたなのかも。そう思うと憎めないわ。

切腹の段で、頼母は時世の句を詠まず、泣きながら自分がよく口ずさむ"毒屋の子の歌"を歌い、切腹に立ち会った大名達は武士らしからぬその姿を冷笑したけれど、この姿がとにかく切ないなんてもんじゃない。一刀や烈堂の1本筋の通った武士道に憧れつつも、自分はそれが理解出来ない、でもずっと自由に楽しく生きていたい、そんなジレンマの中で生き続けた頼母の心の闇と光を求める悲鳴のような叫び…この役はやはり金田氏以外演じるのは不可能よ。

生に執着する頼母は暴れ、切腹の席は大名達の血の海と化したけれど、最期は元公儀介錯人である一刀の手にかかるの。頼母は「お前の手に掛かるとはな・・・」と呟くものの、これが頼母にとって救いであり、恐らく憧憬を抱く一刀の手に掛かったことが本望と言えるわ。この回の映像は、日本のエンターテインメント史上語り継ぐべき名シーンよ。

さて、頼母の死後、ようやく一刀と烈堂は様々な犠牲と試練を乗り越え八丁河原で対決するのだけど、父は愛する子に川を前に最後のメッセージを残す。

「人の命は波と同じで耐えることは無い、生まれ変わっても自分達は父と子なのだ・・・」と。

この時萬屋錦之介は疑うこと無き「拜一刀」その人なのだと改めて痛感したわ。この言葉を文字にしている今も涙が止まらないのよ。どれだけこの親子の絆が深いのか、命とはなんて強く儚いものなのか・・・自分の愛する人の命の灯が消えようとする時、そんな風に思えたらどんなに良いだろう。

竹阿弥が死の直前「死とは恐ろしいものではない・・・ほら、私の顔は笑ってますでしょう?」と大五郎に笑って見せた姿を自分自身いつまでも脳裏に焼き付けておきたいと思ったわ。

長い因縁という言葉では片付けられない死闘は幕を閉じたけれど、一刀の武士としての気高く誇り高い姿は、日本人が失ってしまったもの全てを体現している。この戦いは勝敗どうこうではなく、人間はどう生きるべきなのか、どうあるべきなのかという問題提起の様な気がするわ。

この世は全て表裏一体・・・拜一刀、柳生烈堂、この2人を通して生の反対側に位置する死についてもう一度ゆっくり考えてみたいものね。とにもかくにもこんな素晴らしい作品に出会えた事に深く感謝したい。よっ!萬屋!最高!!(完)

pipopipotv at 00:00│Comments(0) 映画&TV 

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