2016年03月

2016年03月29日

柳生新陰流日記 宗矩はかく語りき・・・編

20160313

映画「柳生一族の陰謀」では徳川家光を三代目将軍にせんが為、冷酷非道の限りを尽くした柳生但馬守宗矩を演じた萬屋錦之介・・・しかし1982年TVシリーズ「柳生新陰流」で同じ役を演じていたことを知り早速チェックしたわ。

漫画「ガラスの仮面」で天才女優北島マヤは1つの役を瞬時に解釈を変え幾つも演じ分けていたけれど、やはり錦之介も然り…同じ人物でありながら真逆の宗矩像を創り上げ演じきっていたわ!

今回は将軍だけでなく、夫、父親としても当主としても非常に愛情深い人物として描かれているの…相変わらずの歌舞伎口調はまたもや浮かず逆に人生の師として仰ぎたいと思えるほど懐の深さが滲み出ているわ。

物語は宗矩が関ヶ原での功により家康から認められ父の代で失った二千石の領を取り戻し柳生の里に凱旋するところから始まるの…その後彼は徳川家の兵法指南役となり三代将軍家光から厚い信頼を得て立身出世を遂げることに。宗矩に剣を挑む伊賀の忍び、その地位を奪わんとする者、様々な輩が現れるけれど「チャンス」の如く無欲で戦の無い世にしたいという彼の思いの前には誰も勝つことは出来なかったの。

同じく剣豪として名高い息子の十兵衛、舞を通じて深く結ばれた側室の出雲の阿国、宗矩の師であり親友である沢庵和尚など、それぞれの出会いや別れといった人間ドラマがじっくり描かれ、非常に味わい深いヒューマン・ドラマに仕上がっているわ。

宗矩の父・石舟斎に「子連れ狼」で柳生烈堂を演じた西村晃、師である沢庵和尚に「刑事コロンボ」の小池朝雄など、キャスティングもなかなか良いツボを押さえているのよね。

どんな時でも凛とし相手を真っ直ぐ見据え厳しさに中に優しさを持つ宗矩・・・茶と舞をこよなく愛すという風雅な一面もあり、本当に魅力的だわ。特に印象に残ったのは、剣を持つだけでピンと張り詰めた緊迫感・・・それが、兎にも角にも美しかったということね。

今回派手な立ち回りはさほどなかったけれど、それは大正解だと思う。常に思う事だけれど態度は人にうつっていくもの…宗矩の慈愛に満ちた優しさは周囲の人達に影響を与えていたのではないだろうか。それがまた剣の強さに影響している気がしてならないのよね。こんな彼を誰が切れるというのだろう、いや切れるはずが無いわ。

そんな快進撃を続けた宗矩ではあるけれど、子供や妻、親友を次々と看取るという辛いお役目を担ってしまった。その度に全霊で悲しみ、心をすり減らしてしまいながらもひとつずつ悟りを開いていく・・・物語上とは言え、なかなか大きく天晴れな人物であるなと感じ入ってしまったわよ。

柳生一族というとどうしてもダークなイメージに囚われるけれど、このシリーズで錦之介が演じた宗矩は知的で平和を求める「キャプテン・アメリカ」タイプで、まさに新境地ね…「我人に勝つ道は知らず、我に勝つ道を知りたり」・・・宗矩の言葉の中に真の武士たる生き様を学べた様な気がするわ。時代は変わっても己に打ち克つことこそ本当に難しいものよね。

さて「柳生一族・・・」のダーク宗矩と「新陰」の仏宗矩…あなたはどちらがお好みかしら?是非見比べてみてね。

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2016年03月26日

ハリーとトント日記 天使が導くその先に・・・編

20160312猫が登場する映画は興味あれど、老人と猫が主人公という点で辛い結末だったら・・・と不安感が募ってしまいつい避けてしまった1974年公開「ハリーとトント」…結果、その斬新な演出と心温まるストーリーにブラボー!!

主演の老人ハリーを演じたアート・カーニーがアカデミー主演男優賞受賞、そして脚本賞もノミネートされていたというのは大納得だわ。

物語はNYマンハッタンに住む老人ハリーが区画整理のため立ち退きに遭い、愛猫トントと共にアパートから出ることになる所から始まる…彼は長男の家に移り住むもののうまくいかず中古車を購入しトントと共に長女いるシカゴへ…その間様々な人達と出会い交流していくというロードムービーよ。

ハリーの3人の子供達はそれぞれ悩みや問題を抱えており、そこに父親の同居という問題が生じて一悶着というのが定石だけど、この点は実にサッパリと描かれているのが良い…と言うのもハリー自身子供を愛しているけれど彼らに深く介入せず72歳という年齢にも関わらずきちんと自立しており、トントを相棒に人生を楽しんでいるのよ…日本的な老人の苦悩や貧困などは全く無く、見ているこちらが元気をもらえたわ。

ハリーは道中、家出娘の少女と出会い、決してお説教じみたことを言わず彼女の良いようにしてあげようと行動するの。あとで気付いたけれど、この少女はハリーを導く天使的役割を担っており、彼に若さと行動力をもたらしたわ。

その次は自然食品のセールスマンからジューサーとビタミンを購入して元気になり、その次はなんと美しい娼婦に気に入られてその効果を実感、次はトラブルに巻き込まれて警察に囚われるも、そこで知り合ったインディアンにジューサーと引き替えに長年痛めていた肩を治してもらう・・・と、コミカルではあるけれどハリーが人の為に行動する事で彼自身がどんどん良い方向に進むという”わらしべ状態”になっていくのが面白い。

常に彼はトントに話しかけたり歌ったりし、そこで己の心情や状況を表現出来ているのが素晴らしいわ。ほぼひとり芝居と言って良いかもね。

トントもそんな主人の勝手な振る舞いに付き合いながら気ままに行動する…こんな似たもの同士だからこそベスト・パートナーなのかもしれないわ。でもそんな二人にも別れはやって来てしまった・・・体調を崩したトントは動物病院の小さな個室の中で息を引き取るのだけどハリーはずっとトントに歌い語りかけていたの。

トントが逝ってしまったのを悟ると「さよなら」と呟きすぐ退室…一見冷たく思えるかもしれないけれど、この演出には本当に無駄が無いどころか感動よ!!…くどくど描かないことでハリーがどれだけ相棒を愛していたかが理解出来るもの。日本にありがちな涙を流し「トント~」などという過剰演出だと真の悲しさは伝わってこないわよね。

この映画は全編通して自然で無駄な部分が一切無い…だからこそ役者の力量が際立つから更に名作となる訳だわ。

最終的にハリーは公園で猫を保護する猫おばさんに口説かれたり、公園でトントそっくりの猫を見つけ海岸まで追っていくという救いのあるラストになるのだけど、海岸での猫とのシーンは本当に美しいの。

天使が導くその先に繰り返される輪廻転生・・・ハリーは自分に人に対し正直に一生懸命生きているからこそ人生という長旅を楽しめるのかもしれない。何事も自然に・・・というのは難しい事だけれど、もう少し力を抜いてみることも必要かなと思えてきたわ。もし、あなた自身のロードムービーを描くことに迷っていたとしたら、是非お試しあれ!

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2016年03月24日

ヘア・スプレー日記 ポジデブは向かう所敵なし!!編

20160311コメディ映画作品ってそのジャンルだけで過小評価される傾向が強いけど2007年映画「ヘア・スプレー」もその一つね…以前ミュージカルは見に行ったけど映画ではどう表現されるのか興味津々で見た記憶が!!

物語は1960年代の米…ボルチモアが舞台で背が低くて個性的な髪型の明るい女子高生のおデブちゃんは人気ダンス番組「コーニー・コリンズ・ショー」がを見るのが大好き…いつか自分もその番組に出てスターになりたいと常日頃思っている。

そんなある日番組のオーディションがあると聞き、受けに行くもその容姿では無理と番組の女性プロデューサーにあしらわれ断念…へこんだものの偶然知り合いになったダンスの名手である黒人の男子学生からダンスを学び再びチャレンジ…するとコリンズ氏に個性溢れるダンスが認められ番組レギュラーの座を勝ち取るのね。

反対していたこれまたおデブちゃんの母親は彼女そっくりのダイナマイト・ママ(ジョン・トラボルタ)だけど、外見で判断される社会で頑張って輝く娘を応援するようになり、自分もその影響を受けおしゃれをするようになり美しく変わっていくのよ…やがて番組の女性プロデューサーの差別から番組内の黒人デーがなくなる事を知ったおデブちゃんは白人代表としてデモに参加…追われる身になったけど彼女を支援する親友や黒人の友達のお陰で番組のメインイベント「ミス・へアスプレー・コンテスト」の生放送に無事出演!!…その結末はかなりスッキリ。

舞台と違い映画では細かい描写が可能だし衣装もヘアもじっくり見る事が出来て面白かったわ。当時はトラボルタが母親役を演じるという事で話題になったけど実に見事に演じ切っていて途中から可愛く見えてくるから不思議…仕草のひとつひとつも良い感じ。

ひとつ気になったのはおデブちゃんが途中から髪にメッシュを入れてるのだけどそれがやけに浮いてしまっていたのがコンテスト出演時にはふっくら60年代ヘアーをやめてストレートに…それがブリトニーかよと思うくらい今っぽくて時代背景から考えてもちょっと疑問に…その点を除けば外見、人種差別、家族、友人、恋人への愛が見事に描かれているわ。

舞台の方が数段気に入ってるのだけどミュージカルは生の方がエネルギッシュだから仕方ないわね…マイナス思考になってる方はこの作品で今のままの自分でいる事の素晴らしさを見直せるはず!!

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2016年03月21日

上村一夫日記 美女解体新書編

20160310以前から気になっていたイラストレーターであり漫画家である上村一夫氏の作品展「美女解体新書展」に行くことが出来たわ。

代表作に「同棲時代」などの作品が挙げられるけれど個人的には「修羅雪姫」などの印象が強いのよね…彼の描く女性はどことなくミステリアスで艶があり何よりも瞳が魅力的。

彼が45歳という若さでこの世を去ってからもう30年・・・そんな月日の長さを感じさせないほど今なお作品達はギラギラと息づいている。

紙という二次元の世界に無限の奥行きを与えたアーティストは多々存在するけれど、上村氏は女の香り・・・それは花や香水などの良い香りだけでなく毎月流される血や体液の様な生々しい香りまでも表現してしまう。

ここまで彼が女性に拘ったのは、当時女性をメインに描いた漫画が少なくそこでうまく第一人者になれれば良いと思ったから、というインタビューを目にしたのだけれど、その理由だけでここまで描ききれるはずがないわ。上村氏が女性を愛おしいと思うのは勿論だけれど彼女達が個々に背負っている情念やドロドロになるほどの濃い生き様…そんな部分から真の美を見出す事が出来たからだと思うの。

”匂い立つ作品”で真っ先に思い浮かぶのは日野日出志氏だけど、蛇のように絡みつく女の怖さや雪のように儚い悲しさを描かせたら筆頭かもしれない。本人は生前、自分を漫画家ではなくイラストレーターであると主張し、晩年はイラストを描いていきたいと語っていたそうよ。

若い頃、広告代理店の仕事で手掛けていたポスターやレコードジャケットは実にセンスが良く、目を引くモダンな作品ばかり…今回の展示でも代表作の幾つかを目の当たりにする事が出来たのだけど、中でも山口小夜子を彷彿とさせる和服の流し目美女を描いた資生堂のポスターは和を基調としながらもヨーロピアンでノスタルジック・・・”ネオ・ジャポニズム”とでも言うべき美しさよ。

嬉しい事に点数が多く見回るのに2時間以上かかってしまったけれど、やはり生原稿の美しさは圧巻!!…時に大胆に、時に繊細に描かれた世界はホワイトが殆ど用いられておらず一発録音のレコーディング的な緊張感を覚えたわ…生原稿にも気の抜けない美を感じ、ぞくぞくしてしまった。

漫画の中で特に気になったのは最近再版された「離婚倶楽部」という銀座の小さなクラブを舞台に女達の人間模様描かれた作品ね…発売当時は売れ行きが良くなかった為1巻しか刊行されなかったそうだけど、丁度この頃同誌で「子連れ狼」や「現代任侠伝」などドラマ性の強い作品が際立っていた時期だけに、テーマ的にも沈んでしまったと思われる。

しかし本編を見ずとも数枚の原稿は雄弁で、ママらしき女がカウンターのスツールに座りタバコをくゆらせる扉絵は怠惰さをクラブ全体を大胆にも見開きでしかも俯瞰で描いたシーンは、店全体の状況とそこにいる女達の心情を一気に理解させてくれたわ…これを見ただけでも本編が読みたい!!という思いが溢れ出してくる。

原稿上でドラマが流れる中、瞬時にキャラクター達の”その瞬間”を知らしめるという神業・・・そういう意味でも上村氏はイラストレーターなのかもしれないわね。

驚いたことにこの神は、原稿を入れるケース迄自分でデザインして作っているのだけど、これがまた素晴らしくどれほど我が子である作品を愛しているのか思い知らされたわよ…出版社に運搬する際も上村ここにあり・・・!!という洒落を感じさせてくれる。いや洒落でなく、念なのか・・・うーむ…彼の作品に関しては改めてご紹介させて頂くけれど上村氏の美女に出会ったらご用心!!一瞬にしてその艶姿、香りで虜になってしまうわよ…そして、そのあとは・・・。

pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(0) アート 

2016年03月18日

レオン日記 究極の純愛編

20160309「LUCY」で見事に監督としてキレ味の良い作品を見せてくれたリュック・ベッソン…そんな彼の代表作と言えば今更どうこう語ることはないほど有名な1994年名作「レオン」…初めて見たのは自分が相当若い頃…しかもテレビ放送という中途半端な状況だったわ。

当時は特にナタリー・ポートマンの愛くるしさとジャン・レノの渋さとビジュアル的な部分が際立ち、未だこの作品を模倣したものがあちこちに見受けられる。それほどまでに多大な影響力を与えた所以を確認すべく20年の時を越えじっくり鑑賞…そして、とんでもない神作だと改めて思い知らされたわよ。

物語は皆さんもよくご存じの通り、プロの殺し屋レオンと彼のアパートの隣に住む12歳の少女マチルダが主人公…マチルダは父親と継母、継姉、そして唯一心を許していた弟と暮らしていたけれど、ある日父親が麻薬を横領したことから皆殺しに…買い物に出ていたマチルダは難を逃れ機転を利かし隣室のレオンに助けを求め、彼はマチルダを保護…こうして彼女は弟の復讐を生き甲斐にレオンに殺しの技術を学びたいと訴えたの。

まだ少女であるマチルダの申し出に困惑するレオンだったけれど精神年齢が高い彼女に翻弄されいつしか二人はお互いを必要とするようになる・・・これこそ究極の純愛!!としか言いようのない素晴らしいラブストーリーだわ。

物語は描けたとしても、このキャスティングは神のお導きとしか思えない程の完璧さ…彼ら及び「ダークナイト」のゴードン警部でもお馴染みゲイリー・オールドマン演じる敵スタンフィールドの怪演ぶりも素晴らしいわ。フランス・アメリカ合同作品ではあるけれどフランス映画らしい小粋な匂い、どことなくノスタルジックな色など良い”加減”でミックスされているのも特筆すべき点ね。

何よりも12歳のマチルダの震え立つような女の色香…セリフひとつひとつが大人びていてもそれが彼女の言葉として熟し発せられ、背伸びをしていない。もしかしたら彼女は何百年も年をとらない妖精か魔女の類いなのか・・・と思ってしまうほど神秘的な存在。

そして対するはイタリア系移民で学校にも行けず日々暗殺の仕事をこなすレオン…無口で友人は観葉植物のみという孤独な生活を送っていたという設定が非常に母性にグッとくる。年だけをとっても少年のまま、と本人がマチルダに語っていたけれど殺しという残忍な行為を行っているのに本人は無垢である・・・という対極な設定もお見事。

レオンの愚鈍さ無骨さ、というのは表面的な表現で内面が実に繊細であるという点がこれまた切なくて良い…二人が逃げるシーンで彼らの足がクローズアップされるのだけど、レオンがマチルダを椅子から抱き上げ、彼女の足だけ宙に浮くという演出に彼らの年齢差や信頼、愛情など様々なものが凝縮されていて最も印象深いシーンとなったわよ。

更にマチルダがレオンに「あんたのことが好きみたい・・・」とベットに横たわるシーンで両手を広げ十字架の様なポーズをしたり、更に別のシーンでは十字架とマリア像が飾られていたりと宗教的な部分も加えられているのも見事…見直してみると更に色々な解釈が出来るのも名作である事の証と言うべきかしら。

どのシーンを切り抜いてもポストカードのように絵になる、役者のひと仕草、表情だけでいくつもの感情を感じ入られるシーン毎に独自の色味を帯びている…そんな力量の高さを見せつけられた「レオン」・・・今世紀最大のラブ・ストーリーは今なお人々の奥底にある感情を搔き立ててやまないわ。

pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(0) 映画&TV 

2016年03月16日

出世欲日記 変化する幸福感編

20160308かつての子供達はパイロットや大統領、女優にお菓子屋さんなど、一見微笑ましくも夢のある将来を思い描いたもの…しかし最近は現実主義というか、親の背中を見”過ぎ”て育ってしまったせいか将来に期待を抱く子供達すらいなくなってしまったようね。

先日「若者達の出世欲が皆無」という記事を目にして驚いたわ…個人的に社会に出て直ぐの頃は自分で仕事をしてお金を得ることが楽しく、どうしたら出世出来るかばかり考えていたものなのに、今の若者達は目指すものが無いなんて何とも不思議というか哀れですらある。

出世をしたくない理由として「出世しても給料は微々たるものでしかない」「休みが減って責任が増えるのが嫌」という点が挙げられており、定年までの安定、責任を負うことで生まれるストレスの回避など、戦わずして諦めるといった姿勢が感じられるわね。

仕事=人生と考えない人にとって、出世=幸せではなく好きなことをしてそれなりに暮らせれば良いという安穏を願う図式へと変わってきたようよ。仕事だけの人生は虚しい、娯楽が増えて低所得者でも楽しめる時代なので出世は不必要、などという意見もあり、どうにもお手軽で足元だけを見つめている様な気がしてならない。

個人的な意見ではあるが、若者達の多くは実家や親など自分の後ろ盾を頼りにし過ぎていないだろうか…社会に出て自分のいるべき場所、するべき事を見つけられないというのは最早甘えでしか無い。好まざることを仕事にするのは不安だし、好きなことを仕事にするのは相当の覚悟がいる。

しかし自分がやり甲斐を持つというモチベーション、それに付随する結果は新たな人生の喜びを生むはずよ。何でも挑戦でき吸収できる時期にただ平均値だけを辿ろうとするなんて、生きものとしてなんて勿体ないことでしょう。

竹宮恵子の「地球へ・・・」ではないけれど、特殊な状況を除きある時期が来たら子供は親から引き離し独立するシステムを作るべきでは無いだろうか。そうすれば生物本来の生き抜こうとする本能が働いて、個々が精神的にも経済的にも自立出来るようになるものね。

それが国力をアップさせることにも繋がっていく…幸福感は人それぞれだから否定は出来ないけれど今からしっかり考えていかないと悲惨な老後が待っているわ。自戒の意味も込め、若者たちよ、立て!!!

そうそう、出世と言えば日本でもシーズン2が始まった「ゴッサム」のペンギン…見事に街を牛耳るボスに大出世よ…そのお話はまた後ほど…フフ。

pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(3) 自分探し 

2016年03月14日

スマイル日記 ストレスには笑え!!編

20160307「微笑むことは健康に良い」…最新の研究によれば、鼓動のペースを遅らせたりストレスを軽減すると判明し、更に微笑むという行為自体が幸せを感じさせる可能性があることが立証されたそうよ。

一部の調査では心からの笑顔、満面の笑みこそが身体にポジティブな影響をもたらすと示唆されてきたけれど、社交的スマイルにも効果がある可能性があるとか。

ある長距離走者は、走る際しかめっ面は止めて意識的に微笑んで走るようにしたところストレスをあまり感じず疲れなくなってきたんですって…ある大学ではストレスの多い仕事に携わる人を対象に3つの方法で微笑ませるという実験が行われたのだけど、これが実に面白い。

ひとつは中立の表情を保つようにさせ、もうひとつは口に箸を咥えさせて無意識に微笑ませ残りは口や目の周りの筋肉を使用する満面の笑みを浮かべさせたところ、やはり笑みを浮かべているときは鼓動のペースが大幅に減速し急速な心理的ストレスからの回復が見られたわ…そしてやはり満面の笑みのグループの方が社交的スマイルよりも高い効果が出たそうよ。

専門家によれば微笑むという行為は脅威を感じていない状況であり、その情報が時間と共に筋肉の動きによって脳に伝えられ鼓動のぺースやストレスの水準の低下に繋がるのだとか…辛い時こそ笑おう、なんて言葉があるけど、これは気分的な事ばかりではなく人間の体のメカニズムに対して理に叶っていることだったとは・・・。

自分自身笑い上戸気質ではあるけれど以前は辛い時や悲しいときは笑えなかったのよね…そのせいで体を壊し、周囲にマイナスの雰囲気を伝染させてしまったこともあったわ。でも数年前から本当に辛い時こそ笑えるようになったのだけれど、自分自身を変えるだけでなく周囲もプラスに巻き込めたことで良い方向に向かうという結果に。

どんなに辛くても苦しくても最後は幸せに笑えたら良い、そういう発想の転換こそが人生に於いて最善の武器であり一番の健康法ではないかしらね。自分を幸せにするのは他でもない、自分自身よ!!・・・さ、病気になんかなる前に、まずは笑いましょう!!…決して笑わないMr.スポックも笑顔が素敵なように・・・。

pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(2) 自分探し 

2016年03月11日

柳生一族の陰謀日記 これは、夢ではござらぬ・・・!!編

20160306「子連れ狼」で日本のTVエンターテインメントを見事確立した怪優、萬屋錦之介の足跡を追うべく、1978年主演映画「柳生一族の陰謀」をじっくり鑑賞。

当時はTVシリーズ「子連れ狼」が終了した頃で錦之介も脂が乗りきり洗練された時期だけに、その怪演ぶりは後の世にまで語り継がれるべき素晴らしさ!!興行的にも大成功を収め日本映画というものがこれほどまでにしっかりと作られていたのだと知る事が出来、誇らしい気持ちになったわ。

特に興味深いのは、柳生烈堂に復讐を誓う拝一刀を演じた錦之介が今回は柳生一族の長、柳生但馬守宗矩を演じるという点ね…しかもこの宗矩はかなりの悪党・・・一族と我が子を守るために戦った一刀と真逆の役どころというのが良い。更に歴史上の人物と史実をフィクションと織り交ぜ脚色されているのも面白いわ。

監督の深作欣二は任侠映画の第一人者であるし抗争や艶の部分が誇張されて描かれてしまうのではと多少心配だったけれど、人間臭さがプンプンとしながらスケールの壮大さが十二分に表現されていて見事。毎度の事ながら宗矩演じる錦之介は神懸かっており柳生十兵衛演じる千葉真一、三代将軍家光演じる松方弘樹らの若々しくも鋭利な演技も見応え十分…更に山田五十鈴や丹波哲郎、金子信雄等々重鎮の存在感も際立っていたわ。

当たり前の事だけど俳優陣は乗馬も出来れば所作から着物の着こなしまできちんと出来ており、日本の時代劇とはなんたるかということを思い出させてくれたの。ただ錦之介の殺陣はさほど動かずとも相変わらず刀の重みを感じさせる上に美しいけれど、千葉率いるJACの殺陣は見せる事が主体であるせいか、動きは見事で鮮やかだけれども刀の重みはさほど感じられない。これは日本の時代劇がアクション主体へ移行する端境期を垣間見たとも言えるわね。

ストーリーは徳川二代将軍秀忠が急死を遂げた事で、長男の家光を三代目に推す柳生但馬守宗矩や春日局、次男の忠長を推す尾張、紀伊、水戸の御三家と老臣一派、それぞれの思惑が渦巻き、天下を揺るがす将軍家跡目争いの戦いの火ぶたが切って落とされたというものだけど、秀忠の不審死を調査する為忍びが遺体から胃袋を取り出し、宗矩が「Xファイル」のスカリーの如くそれを解剖したり十兵衛の妹演じる志穂美悦子がオスカルのように男装して戦ったり、家光があばたの上吃音症であったなどの脚色が時代背景を無視しているとはいえ斬新。

個人的には成田三樹夫演じる朝廷の白塗り関白鳥丸少将がのらりくらりと公家らしく振る舞うもなかなかの策士で剣の達人であったり、故・原田芳雄演じる忍び三郎が密やかに出雲の阿国を愛するロマンチストぶりははまりすぎていて作品に色を添えていたわ。豪華キャストをこれだけ配置してもお腹いっぱいにならないというのは適材適所キャスティングだという証ね。

やはり最大の見どころは錦之介の宗矩!!

己の野心の為には家族同然の根来衆を根絶やしにし自分の子供の死にも動じない。この極悪非道な男が最初にして最後となる恐怖と落胆、絶望を一身に受けたラストシーン・・・これは日本映画界に於いて歴史的なシーンと断言出来るわ。

全編通し宗矩は歌舞伎の様な口調で話しているのだけど、これが浮いているようで浮かず、すべてはこのシーンの為にこの口調が必要だったと理解出来た。演出も実に見事で、十兵衛は自分の大切な仲間や家族を殺した父に復讐すべく彼の最も大切な将軍家光を殺害し、その首を父に放るの。

その首に驚愕した宗矩は瞬時に切断された己の手首も顧みず乱心・・・「三代将軍様ぁ!!」と寄り目の表情で首を大事に抱き「これは夢だ、夢だ、夢でござーる!!」と見得を切り絶叫する様は歌舞伎とも沙翁とも言えるが錦之介式と呼ぶべきか・・・これは錦之介でなければ演じられないわ!!

この名言は後に「バザールでござーる」の広告の基になっていたと知りかなり驚いたけれど、この映画は社会現象になるほどに沢山の人が鑑賞したという事に安堵よ。創る側も見る側も共に感度が高く、現代の様に事務所同士の癒着もなく、エンタメが最もエンタメらしくあった時代・・・こんなにも素晴らしい作品が日本に存在するという事を今の若者達にもきちんと伝えていかなくてはね。それは夢では、ござらぬ!!

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2016年03月09日

アカデミー賞2016日記 クリス・ロックが凄かった編

20160305

先月末に発表された米アカデミー賞…今回はノミネート発表後に何かと人種差別が問題となって別の意味で盛り上がってしまいましたね。今年から総合プロデューサーが変わったので今までのような派手さが無くなり悪く言えば地味になった感じがありましたが、それを覆してしまったのが司会のクリス・ロック。

何せノミネート後の問題をネタにオープニングから飛ばしまくりでした。もし、このシーンの主役が黒人だったらの編集映像とかコンプトンからのインタビュー映像とか最高…ちなみにコンプトンとは先のケンドリック・ラマー出身でも話題の北米の中でも際立って犯罪率が高い地区として有名で、黒人をステレオタイプで揶揄される場所となっています。

各賞に関してもこの影響が感じられ、例えば「ロッキー」で有名なシルヴェスター・スターローン等は助演男優決定な雰囲気でしたが「クリード チャンプを継ぐ男」がスケープゴート的扱いになってしまい「ブリッジ・オブ・スパイ」のマーク・ライランス受賞となりました…でもマークは純粋に演者として素晴らしかったので順当と言えば順当でしたね。

作品賞は「スポットライト」でしたがノミネート全体が地味感があったので無難な受賞に…個人的にはクリスチャン・ベイルの「マネーショート」を期待したのですが残念。

監督・主演は「レヴェナント」のイニャリトゥ監督と念願のディカプリオなんですが主演に関して今回は飛び抜けて凄かった男優が不在だったのでディカプリオはラッキー…主演女優賞のブリー・ラーソンも同様でしたね。

ただ「リリーのすべて」助演女優のアリシア・ヴィカンダーは別格の凄さでした…本来は「エクス・マキナ」でもノミネートされても良かったぐらい素晴らしい…今回アカデミー全ての賞の中でも彼女は断トツの存在感でした。

その「エクス・マキナ」は視覚効果賞で「STAR WARS」他、名だたるビックバジェット作品を打ち破った受賞はお見事…他の作品の1カット分ぐらいの予算で世界観を表現したのですから完璧です…できれば脚本でもノミネートしてほしかったですけどね・・・。もう一つ、元々アカデミーはSFやアクション、コメディ系に冷たいなか「MAD MAX」がここまで注目されたのも感動です。

一つ腑に落ちないのが歌曲賞「007スペクター」…作品も今一で楽曲も何ら印象に残らなかったのに"なんで~"って感じですよ。面白コメントとしては短編ドキュメンタリー賞プレゼンターを務めたルイスC・K「短編ドキュメンタリー賞はお金にならない。一生お金持ちになれない人たちへの賞だ」ってのがリアルすぎて汗でしたね。

まぁー黒人問題やアカデミー会員の構成比率(6291人中白人多数で平均年齢62歳)他、色々ありますがクリス・ロックがMCを含めここまで掘り下げる事ができたと言う事で今後のアカデミー変革に十分期待ができます。方や国内の名前だけはアカデミーな受賞スピーチで批判的な部分は全てカットされてる状況とは大違いです。

兎にも角にも、今年はクリス・ロックに始まってクリス・ロックで締めくくったアカデミーでありました。そうだ、長編ドキュメンタリーの「Amy」が早く見たいですね…Amyとはあのエイミー・ワインハウスですから…フフ。

【アカデミー賞2016受賞一覧】
http://variety.co.jp/archives/6723

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2016年03月06日

山口小夜子日記2 「氷の花火」は瞬く間に燃え・・・編

20160303「山口小夜子」…彼女の存在を知らぬ人は殆どいないはず。

小夜子が月に還ってしまった年、ミッドタウンで行われたお別れ会が開催されたのだけれど、その時に流れた彼女の映像が今なお目の奥に焼き付いているわ。

満を持して、と言うわけでは無いけれど、2015年公開された山口小夜子ドキュメンタリー映画「氷の花火」が上映されると聞き慌てて劇場へ。

どうしてもこういった作品はミニシアター系公開になってしまうので期間も短い上宣伝も見落としがち・・・でも何とか最終日に間に合って安堵よ。予想したとおり作品としては今ひとつの出来ではあるけれど、やはり山口小夜子の映像を目の当たりに出来るという意味では非常に貴重な作品である事は間違いないわ。

そして更に素晴らしいのは、大切の保存されていた小夜子の遺品をひとつひとつ紐解き彼女の生き様を見せてもらえたことね。監督自身、小夜子と仕事を通じて交流があったことから全編通して彼女への愛とリスペクトが強く感じられ全体的に優しい仕上がりになっている。

小夜子が天女であることを世界に知らしめた山本寛斎、そして最も興味のあったセルジュ・ルタンスへのインタビューも興味深く、彼女がモデルという枠を超え如何にアーティストであったかを改めて思い知らされたわ…若い頃から世界的モデルとして、資生堂の専属モデルとしても十数年の契約期間を務め上げたのち40代でまたどちらの大舞台にも返り咲くというその努力・・・その間もダンスやパフォーマンス、朗読など絶え間ない表現を突き詰めていくその姿勢と貪欲さたるは最早人間の域を超えている。

天女は人間界で表現することの素晴らしさを身を以て私達に教える為に遣わされたのではなかろうか・・・そんな気がしてならない。あの透き通るような美しい肌、魅力的な瞳、漆黒の髪、しなやかな手足、どれをとっても人間離れした荘厳かつ究極の美がそこに存在する。

彼女は歌うように語り、その声も発する言葉もエレガント…所作ひとつひとつに無駄が無いどころか、見ているこちら側が恥じてしまうほどの気品を漂わせている。美は1日にしてならず、小夜子はどれだけの努力を重ねてきたのだろうか・・・。これまでの彼女の作品からもわかるように仕事に対するストイックさは超ド級で山本寛斎曰く「凄まじい他流試合をこなしていった」とのこと…誰よりも彼のコメントが小夜子の表現を言い得ていたと思うわ。

40代でモデルとして復帰した小夜子が自身の編み出した舞踏的な動きをランウェイで披露した際、当時はモデルがここまで表現するのかという声が挙がっていたそうだけど、会場は賛美の拍手に包まれていたのよ。モデルというものはただ服を魅せる為に存在する、という常識が覆された瞬間であるわね。

20160304服はモデルが身につけた瞬間息吹き、そこからストーリーが生まれる・・・小夜子は以前、洋服が自分を導いてどう動けば良いか教えてくれると語っていたけれど、服と対話が出来ている彼女だからこそ表現が出来るのよね。

最後のステージでは可愛らしい毛糸の玉が幾つもついたニットを身につけて現れたのだけど小夜子はその服に応えるかの如く幼い少女に変化し、何度も毛糸を弄びながら最後は振り返るという物語を創り上げていたわ…たった数分のランウェイ・・・この瞬時に服を含む世界観を感じさせてしまうなんて、やはり天女である証ね!!…こんな貴重映像の数々にただただ溜息よ。

ひとつ残念だったのは小夜子を現代に蘇えさせるという企画で、彼女縁のメンバーで彼女に似たモデルをメイクしシューティングするシーン…確かに見た目は同じように出来ただろうし関係者の小夜子への愛は理解出来るけれど、これはやってはいけなかった事だ。

小夜子の事をあまり知らない若いモデルがただ引っ張り出されて監督及び彼らのノスタルジィの為だけに行われたとしか思えず、これは彼女の仕事に対する冒涜でしかないと怒りが湧き上がってきたわ…明らかに小夜子は自分の全感覚を研ぎ澄まし覚悟を以て作品に臨んでいる…そこを何故理解出来ないのだろうかと残念な気持ちになってしまったの。

日本のモデルは体系的にもどんどん欧米化し世界的にもひけをとらない人も多いのかもしれない…しかし真摯に洋服と向き合い自分なりにその世界観を表現しようとしているのだろうか・・・プロとは?カリスマ性とは?表現とは?様々な疑問とその答えが己の中で錯綜する。

自分自身、表現とは己を削って削り倒してその中から見出すものではないかと思っていたけれど、小夜子を見ているとそれはあながち間違いでは無かったのだなと思える。氷のように冷静で花火のように情熱的・・・彼女は美の両面を私達に見せてくれたのだ。

小夜子、次にあなたが羽衣を取りに降りてきた時、私達人間は少しだけ美しくなっていると思います。今しばらくお待ち下さい・・・。

pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(0) 映画&TV 

2016年03月04日

アンチ・サザエさん日記 家族の絆は時代錯誤か・・・!?編

20160302これまで日本家庭のスタンダードな形態であり理想とされてきた「サザエさん一家」の家庭像…三世代同居の大家族であり夫が一家の大黒柱で妻は専業主婦というスタイルは個人的には違和感を感じるものの、常に灯りのともる家、食事や団欒など親子のコミュニケーションなど家庭たる暖かさというものに憧憬を抱いていたわ。

近年の調査によるとこの「理想的な家庭」に対し現代の人々はデメリットを感じている人が多いという事がわかったの…少数派ではあるけれど、自分同様三世代の家族が助け合い、家庭が賑やかで羨ましいという意見もある中、人が多すぎて疲れる、家族に監視されているみたいで息苦しいという意見も多かったそうよ。

最近は人間関係が苦手であったり一人の時間を重んじる若者が多いせいか、サザエ家の様なプライベート全開放という状況が落ち着かないのかもね。個々に自分の趣味などに没頭しても、家族はその詳細は知らないまでも何となく把握は出来、コミュニケーションの一端になる。

こういった繋がりを煩わしく思ってしまうというのは何とも淋しいことではあるわ…近年、家の中で子供が犯罪を犯しているにも関わらず親が知らずにいた、という事件が多発していたけれど、少しでもこうしたコミュニケーションが取れていれば悲惨な事件は食い止められたのかもしれない。

更にサザエ家の中心である父、波平についても異論が。昔ながらの厳格で支配的な父親、夫というものに対して否定や拒絶の意見しか挙がってこなかったそう。まあ、この点に於いて否定はしないけれど、経済的な部分を父親が担い母や子はそれに従属するしか選択肢がなかったのだから仕方が無いかも。

何より父親は家族の中心で尊敬される対象であった、という点が現代と大きく異なっているものね…自分の親を尊敬できる・・・そうはっきりと言い切れる現代の子供達が果たして何人いるだろう?毒親、などと子供を束縛し私物化する稚拙な親が取りあげられる昨今では親の位置付けは脆くなってしまっているもの。

確かにサザエさんは戦後の貧しい時代から復興、発展する時期を描いたもので現代の家庭の形に投影出来ない部分は沢山あるわよね。でもどんなに時代が変化しても変わらないもの・・・それは家族の絆であると信じていたいわ。

でも、損得勘定無しでお互いを思いやるのは血縁関係だけでは無い…血の繋がりはなくともそんな風に思える相手がいればそれは”家族”であることは間違いないから…個が重んじられる現代では家庭を暖めるか冷やすかは自分の匙加減ひとつ、なのかもしれないわね。じゃんけん、ぽん!!

pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(2) 自分探し 

2016年03月01日

ケンドリック・ラマー日記1 恐るべし!!Power of Black編

20160301先日開催されたグラミー賞…予想通りテイラー・スウィフトにブルーノ・マーズと期待の面々が受賞する中、あるアーティストのとてつもないライブ・パフォーマンスに釘付けになったわ。

彼の名はケンドリック・ラマー・・・その後に披露されたレディ・ガガのDボウイ追悼メドレーも素晴らしいかったけれど、それらすべてを上書きしてしまう程見事なパフォーマンス。

ご覧になられた方も多いだろうけれど明らかにケンドリックは音楽や歌というものを超越し、己の奥底に潜む強い信念、溢れ出す郷愁や血族たちへの思い、そして愛を物凄いパワーで見せつけてくれたわ。

時に宣教師のように、兄弟のように、友人のように語りかけ「俺はここにいる」という絶対的な存在感がパフォーマンス後も残ったの。そのメッセージは決して押しつけがましいものではなく、ダンスも演出も表面的な格好良さではなく、彼自身から発せられるものがそのままビジュアルとして表現されているからこそ心を掴まれ、すべての機能が彼を追う羽目となる。

こんな恐ろしいアーティストがいたなんて・・・改めて音楽とは、歌とは、それを表現する意味とは?という事を改めて考えさせられたわ。最初、刑務所に連行されるケンドリックが自らを縛める鎖をそっと挙げ、指をマイクに這わせるという絶妙なタイミングでリズムとRAPが同時にスタート。

牢の中には同じく囚われた仲間がサックスでモダンジャズのようなアプローチを効果的に挟み込む…その後続くリズムトラックは非常に心地良く、前代未聞、前代未聴のモダンさに度肝を抜かれたわ!!…パフォーマンスは刑務所から南アフリカの大地の民族的なシーンに移行、最終的にケンドリックが一人マイク前に立つという流れなのだけれど言葉がわからずとも彼がアメリカ社会の於ける警察問題、差別や暴力に対して訴えているということは理解出来る。

最終的に「Compton」と書かれた地図を背に立つ彼の姿にケンドリックのルーツを窺い知ることが出来たわ…「Compton」は彼の出身地であり、ストリートライフやギャングバンギンにどれだけ身を投じたかによって人となりを判断されてしまうという、日本でのうのうと暮らしている私達にとっては想像もつかない危険なエリアだそう。

ブラック・カルチャーに於ける物質主義的な価値観や欲望、そんなものに憧れを抱きつつもその中から這い出たいという葛藤、友情やストリートなどへの愛情など日々深い思いを抱きながら彼らは戦っているに違いない。

歌は言葉であり音楽は思いを伝える背景である…そんな当たり前の事をケンドリックを通して思い出す事となったわ。民族もジャンルも超え音楽というものの懐深さ、そしてその意味をもう一度考えて見るべきかもしれない…ケンドリック・ラマー・・・兎にも角にも恐ろしいアーティスト、いやメッセンジャーよ!!!

【グラミーLIVEパフォーマンス】

pipopipotv at 00:00|PermalinkComments(2) 音楽